アンコールワット紀行 '04/4/2〜4/6

四〜五日目

 観光は今日が最終日、いよいよバンテアィスレィとクバール・スピアンへの小旅行だ。出国以来の疲れもあって、昨夜はぐっすりと眠ることが出来た。

今日は、テーブルについて待っていたら、昨日と違ってボーイが”バイキング...”と声をかけてきた。ラッキー!。料理はどれも、全く抵抗無く美味しく食べられる、なんだかアジアにはまりそうだ。相変わらず、紅茶だけはいけない。

 朝の散歩

 観光のスタートは午前8時、朝食後、少々時間があったので、朝の散歩に出かける。空港へ向かう6号線は幹線道路ゆえ、朝のラッシュで交通量が非常に多い。右からも左からも無数のバイクが走ってきて、なかなか通りを横断できない。ホテルの真向かいに細い小道があり、なにやら看板が出ていたので入ってみることにした。ふ〜ん、なになに”カンボジアン・トラディショナル シャドウ・パペット・パフォーマンス”...そうか影絵の劇場かなんかが、あるのかな?と入っていく、人気はほとんどない。程なく何件かの家の脇を過ぎ、右への曲がり角にさしかかる。そこに件のシャドウパペットパフォーマンスの看板が見えた。中庭には朝からハンモックに揺られている年輩の男性がいた。小屋の中には、なにやら工作台みたいな物が、ちょっとだけ見えた。どうやらここは劇場ではなく、影絵の切り紙細工を作っているところ見せてくれるらしい。まだやっていないだろうし、ゆっくり見ていく時間もない。そのまま道なりに進むと、広い畑地に出た。道は全くの田舎道。実にのどか...。遠くの方に一軒の商店(といえるほどの規模ではない)が見えたので行ってみると、お坊さんが一人に数人の男や少年達がたむろしていた。並んでいる物は何やらわからない埃をかぶった袋菓子や、粗末なテーブルの上にビール、ソフトドリンクの類が5〜6本並んでいるだけだ。とてもお土産になるような品物は無いなあ。周辺の畑には何も植えられていない。石や大きな土のかたまりがごろごろしていている。帰り際に小さな男の子が走ってきた。子供はどこも可愛い。道路際に建てられた粗末な木の柱には、数十本の電線がだらしなくぶら下がり、どこかへと伸びていく、あの1本1本がどこかの家へ続いているのだろう。

 

シャドウ・パペット.. の看板

掘っ建ての電柱に無数の電線

畑の中の小さな商店

 クバール・スピアンへ出発

 8時10分前にホテルへ戻るともう、出発できるばかりになっていた。すぐに車に乗って出かける。市内を出る前に日本食レストランへ立ち寄る、今日の昼食は弁当だ。それも、おにぎりだって...(なあ〜んだ、つまんない!) バンテアィスレィまでは、およそ40キロ。車で1時間の距離だ。例によってワットのある北の方へ向かうが途中で右折する。道路は舗装されているがほんとの田舎道だ。パスチェックは無いのかなと思ったら、ちゃんと検問所があった。いくつかの集落の中をとりすぎる。集落には家が散在している、どれも高床式の粗末な小屋だ。洗濯物が干してあったり、鶏が放し飼いになっていたりと、のどかな風景が続く。およそ1時間後、バンテアィスレィに到着。ここでトイレ休憩をしてさらに奥地のクバール・スピアンを目指す。ここのトイレは、パスを見せると無料だ。ここから先には普通の人が入れる清潔なトイレは無さそうだ。道路も、ここからは全くの未舗装で、赤い土の道路がくねくねと続いている。あっちもこっちも、でこぼこで、車もまともに真っ直ぐ走れない。さらに、あちこちにスコールの後の水たまりが出来ていて下手すると車が泥にはまって脱出できなくなりそうだ。向こうから対向車ががたがたと車体を揺らしながらやってくる、すれ違いざまに見ると、跳ねた泥でボディが赤っぽくなるほど、汚れている。道理で市内にあちこち洗車場があったわけだ。途中でいくつかの橋に遭遇したが、欄干もなく木の柱を渡したところに土を被せただけだ。おまけにあちこち穴が空いていて、慎重に渡らなければならない。スリル満点(いや80点位かな?)だ。そもそもクバール・スピアンは、ここ2年程前からようやく一般の観光客が入れるようになった地域で、まだまだ道路整備が行き届いていないのだ。今回のツアーを選んだのも、ここがコースに入っていたからなのだ(実際はトンレサップ湖クルーズとのどちらか一方選択)。はらはらどきどきの、でこぼこ道を走ること約30分、車はようやく登山口というか、駐車場というか粗末な休憩所のあるところについた。ここまでやってくる観光客は、そう多くはないのだろう、車を下りた途端に、10代後半と思える少年少女達が、一斉に寄ってきて土産物の売り込みに来る。かなり競争が激しいのだろうなあ...盛んに自分の名前をアピールして、帰りに来てくれと呼びかける。

 

農村部の高床式住居

クバール・スピアン登山口

巨大な岩がゴロゴロ

 ここからは蚊は出る、蛇は出るの、山の中を自前の足で40分ほど歩かなくてはならない。虫除けバンドとスプレーで害虫に備え、いよいよ出発だ。今日はわざわざ長袖シャツまで着てきた。まだ午前10時前とはいえ、蒸し暑い。ガイドを先頭にハイキングコースへと進む。道の両側の立木には、赤いペイントがついてる。が、これは、どこかのホームページで紹介されていたような、”地雷原の印”ではないそうだ。道を踏み外さないように、”ここが道です”のマークだそうだ。な〜んだ、がっかり、もっとスリルがあると思ってきたのに.. もっとも、地雷があるような地域を一般の観光客に開放して事故でも起こったら、誰も来なくなっちゃうから観光産業には凄いダメージになってしまうでしょうね。実際には、ここからさらに北の奥地に行かなければ、地雷はないそうだ。(手元のガイドブック”地球の歩き方2004”には、地雷の撤去は完了していないと書かれている。赤いペイントの外側を歩くのはやはり避けた方が無難でしょう)途中、数分の休憩を含めても30分ほどでクバール・スピアンの入り口へ着いた。クバール・スピアンというのは元々、川の源流という意味で、文字通りシェムリアップ川の源流なのだ。本来、川の流れの中にヴィシュヌ神やシヴァ、リンガなどが彫られているのだが、乾期の今は、水位が低く、雨期よりも観察には丁度良い。ここまでやってきて”これだけ?”と言われる向きにはあまり向かないかもしれない。さすがに人も少なく、せいぜい10人程度の人が散見される程度だった。見学を終えて、帰る前に、木陰で休憩をしていると白人の大柄な女性に会った。”ハロー”と声を掛けると先方もハローと返事してくれた。どこから来たの?と訪ねてみるとなんとスコットランドから一人でやってきたのだそうだ。彼らとっては、この気温は耐え難いのだろうか、肩から先は、無防備さらけだしたままだ。ちょうど、バッグに忍ばせておいたスプレー式の虫除けがあったので、”バグチェイサー”と言って差し出す、一通りスプレーして返してよこしたが、今日、帰国する私にはもう無用の物だ。そのままプレゼントしたら、とても喜んでくれた。最後に”グッドラック”と言って、別れるときには、笑顔で答えてくれた。女性は本当にたくましいなあ...

無数のリンガ

盗掘の跡

川底の巨大リンガ

N13°41′10.9″ E104°00′56.3″

丸木橋を渡って...

名も知れぬ綺麗な甲虫

麓の茶店で弁当

 下る途中で何組かの観光客や地元の住人とすれちがった。20人ほどのグループで来ていた人たちは日本人かと思いきや、韓国の人たちだった。みな、一様にアンニョンハセヨと陽気に挨拶をしてくれる。しかし、二人で上ってきた日本語をしゃべっていた男性2人組は、こちらが”こんにちわ、日本の方ですね”と声をかけたのに、突然沈黙して無視されてしまった。少し離れたところへ行ったら、また二人で日本語しゃべっている、寂しいなあ..日本の男性よ...。先日、別なところで遭遇した H.I.Sで来ておられるという、若い女性のグループは気軽に返事して”ああ、明日は同じ飛行機ですね...空港でまたお会いしましょう”...なんて、話までしたのに...。麓の茶店に、たどり着く寸前にやはり欧米人の若い小柄な金髪の女性が一人で上ってきた。すかさず、もう、無用となる、虫除けのリストバンドを外して彼女にプレゼントした。”サンキュー”と素直に喜んでくれる。11時半頃、茶店に到着、用意してきた日本食弁当(おにぎり)が配られる。もっと何もないところかと思っていたのだが、一応屋台程度の食事をすることはできるみたいだ。弁当なんか用意してくれなくても、この屋台で食べてみたかったなあ...飲み物はその場で切ってくれる椰子の実ジュースにした。保冷箱に入っていた割りにはあまり冷えていない。ひととおり食事が済むと、今度は先ほどから待ちかねている物売りの子供達がTシャツなどを抱えて売りに来る。あっという間に5〜6人の子供達に取り囲まれて、僕のを買って、いや、私のを...と、迫ってくる。追い払いたいところだが、息子が折角の記念にTシャツが欲しいというので値段交渉、あっというまに値段が下がる。適当に見繕って数着のTシャツを購入。息子は地雷柄のTシャツが、お気に召したようだ。

 

一番しつこい(商売熱心な)兄ちゃん

思ったより綺麗で清潔なトイレ

トイレ番の女の子

 帰り際に例によって、トイレチェック。簡素なトイレだが一応ちゃんとした便器がついていて、さほど臭いもない。これなら誰でも使えるだろう。出口で、しっかりトイレチップ500リエルを支払わされた。まあ、これだけ綺麗なら有料でもいいや。

 

道路はぬかるみと、でこぼこだらけ

穴が空いて応急修理された木造の橋

 バンティアイ・スレィ

 元来た道を、バンテアィ・スレィまで戻る。ここは5〜6年前ほどから観光客が入れるようになっているので、土産物屋なども結構沢山出来ている。参道を歩いて入っていったら、先ほどクバール・スピアンの登山道ですれ違って、虫除けのリストバンドをプレゼントした金髪の女性と、すれ違った。先方も気がついたようでニコッと笑ってくれた。こういう出会いも嬉しい物だ。腕にはしっかりと黄色いバンドを巻いていた。ここは、東洋一美しいと言われているデバダー像で有名なところだ。この遺跡の特徴は、他にはない、ピンク色の岩石を使っていることだ。もちろん痛みは激しく、現在も補修工事が行われていて、工事中の部分には立ち入れない。壁面を飾る彫刻の文様も、彫りが深く緻密だ。非常に美しい。創建当時は水平だったと思われる壁の石組みも、地盤沈下の影響で、波のようにうねっているのが印象的だった。非常に残念なことに、ここの遺跡のハイライトである”東洋のモナリザ”は、現在、修復中のエリアにあり、観覧することが出来なかった。バンテアィ・スレィとは、もともと”女の砦”という意味で、あちこちに美しいデバダー像が彫られている。この、バンテアィスレィの観光で、全ての予定を消化した。さすがに3日間も似たような遺跡ばっかり見てくると、やや食傷気味になってくる。まだ見ていない遺跡は、たくさんあるのだが、今回はこれで十分だなと気持ちになってくる。

バンテアィスレィ

N13°35′56.1″ E103°57′46.4″

彫りが深く、ふくよかなのが特徴

 センターマーケット

 車は市内へたどりつくが、飛行場へ行くにはあまりにも時間が早すぎる。こんなことなら、自前で地雷博物館へ行かなくても、十分に連れて行ってもらう時間があったなあと思いつつ、市内の散策にでも行こうかなと考えていたら、息子はどこかで休んでいたいというので、Iさんとともにホテルのロビーで休憩と言うことになった。私自身は、残された貴重な時間を無為に過ごすのは本意ではない。さっそく、小型カメラと、小さなバッグだけで市内へ向かう、観光中に車から何度も見かけていたコンビニに入ってみる。まあ、品物は、どこのコンビニにでもあるような物だな。アイスクリームがあるので、帰りに買って帰ろう。センターマーケットの方へ向かって、陽射しの強い通りを歩く、例によってバイクタクシーが五月蠅い。途中の露天でタイのインスタントラーメンを見つけた。軽いので4個ほど買う。センターマーケットまでやってくると、昨日とは様相が違う。新築のビルの後ろの一体が、マーケットになっているのだ。そうか..昨日は日曜だったからなあ...。中に入ってみると、一番暑い時間帯ということもあって、人気(客)は、ほとんどなく売り子だけがハンモックに揺られていたり、じろりとこちらを見ていたりするが、それほど激しい売り込みはない。土産になりそうな金物、数点を物色して購入した。ここでの値切りの交渉は、先方の言い値の1/4 程度からスタートするのがコツですな。安くならなければ、立ち去る素振りを見せるとすぐに安くなった。間違いなく最初の値段の1/3にはなる。

 買い物を終えてから、別な店を回ってみるが、全体に薄暗く、活気が無い、さっぱり売り込みの声もかからない。奥の方にはタイルで出来た平台があったが、ここは赤っぽい、土埃だらけで、商品は全く並んでいない。多分、魚や、肉類などを販売するコーナーなのだろうが、午前中しかやっていないのかなあ?それにしても、からからに乾ききった感じだ、しばらく使っていないのかもしれない。さらにその向こうには果物のコーナーや揚げパンの様な物を売っている露天があったが、もうそんな物を買っても仕方がない。ゆるゆるとホテルの方へ向かって歩き始める。それにしても暑い、路上の露天の保冷箱を開けて中を物色する。そこの方から冷えていそうなコーラを取り出し、店番のおばさんが座っていた椅子を借りてその場で飲み干す。氷が入っていた割りにはあまり冷えていないが、渇いたのどには有り難い。缶コーラ1本2000リエル(0.5ドル)当然お釣りはリエルで来る。そう、このお金でバイクタクシー拾って帰ろう。

センターマーケット入り口

品物が何もない!生鮮売り場

露天で飲み物等を売っていた親子

 先ほどチェックしておいたコンビニへ行き、ホテルで待っている息子とIさんにアイスクリームを買う。コンビニの前はガソリンスタンドだ、丁度数台のバイクタクシーがたむろしている。彼らは私がコンビニから出てくるところからチェックしている。指を1本立てるとさっそく価格交渉だ。最初は2000リエルと言ってきたが、交渉の結果1500となった。高齢の乞食が物欲しそうに近寄ってくる。もう、少額のリエルを持っていても使い道はないので、残っていた2〜3枚の100リエル紙幣を、数えもせずにそのまま渡すと、びっくりしたかのように受け取って立ち去っていった。今回の運ちゃんは、昨日のトクトクの兄ちゃんよりも少し年上の、やや年季の入ったような人を選んだので、ちゃんとホテルは知っていた。ホテルの入り口へバイクタクシーで乗り付けても、ドアボーイがちゃんと開けてくれるのには笑える。息子が一人で、漫画を読みながら待っていた。Iさんは、退屈して、ちょっと前に外へ散歩に出たらしい。仕方がないので、アイスクリームは息子と二人で食べた。

 やがて、Iさんも戻られ、”どこへ行ってきたのですか”などと、四方山話をしているうちに、ほどなく空港への迎えの車がやってきた。いよいよシェムリアップともお別れだ。空港では、3日間お世話になったガイドともお別れ..。チェックインして搭乗券をもらう、出国したところで、外で手を振るガイドに最後のお別れをする。搭乗時間までは、かなり余裕があるので、まだ待合室には数人しかいない。夜の便はハノイへ2便、バンコクへ2便しか無いようだ。やがて段々と客も増えて混みあってくる。日本人のグループや欧米人もたくさんきている。皆それぞれに思い出を抱えて帰国の途に着いたり、はたまた別な国々へ渡り歩いていくのだろう。昨日のスコットランド人の女性なども多分、こんな風にアジアを渡り歩いて自由な旅を楽しんでいるのだろうなあ...私ももう少し若くて自由な時間がとれたら、一度はそんな旅がしてみたいものだ。

Iさんと息子の賢(地雷博物館からの帰りにホテルの前にて)

 夕刻、雨が降ったせいか、バンコクへの便は到着、搭乗が予定よりもちょっと遅れてやきもきしたが、出発は定刻通りで、無事、機上の人となる。例によって軽食が出る。バンコクへは定刻に到着。ここでのトランジットも十分な時間が取られていた。旅行会社の配慮もあるのだろうが、バンコクへの便が遅れたら深刻な事態になってしまうだろうから、仕方が無い。トランスファーオフィスで搭乗手続きを済ませると、あとは何もやることがない。息子に荷物番を任せて空港の免税店を覗くが、ここまで来てさほど買いたい物はない。娘へのお土産にアロマテラピーの香を少々仕入れた。定刻に搭乗して、後は日本までぐっすり眠るだけだ。

五日目

 気がついたら、もう東シナ海上空。朝食が配られるところだった。残念!来るときに器材の故障で見られなかった”ラストサムライ”見損なった。短い間だったがご一緒させていただいた、Iさんに最後のお別れをして機をおりる。これで今回の旅は終わりだ。ツアー参加者、わずかに3名という貴重な体験をして、とても楽しい旅でした。帰国してからこうして、紀行文をまとめているうちに、もう、どこかへ行きたくなっちゃった。でも、あんまりちょいちょい出かけると、カミさんに角を出されちゃうので、当分はおとなしくしていなくちゃ..次回はどこへ行こうかなあ。

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CAMBODIA

1

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2

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3

3日目

4

4〜5日目

番外編