2. 9月22日 瀋陽

出発は午前11時、昨夜が遅かったので、今日の観光はゆっくりだ。

 バスの出発までにかなり時間の余裕があったので、同行のMさんと探索に出かける。彼女はT・Cしか持ってきていなかったので、昨夜のバスの中で両替ができなかった。元への両替のため、ついでに銀行へ行くことにした。ホテルではT・Cが扱えなかったらしい。ホテルを出てきてから、今日は土曜日だと言うことに気が付いた。両替できるのだろうか?

 ホテル横の通りの向こう側は、小さな店が並んでいる。たばこなどを売っている。とりあえず、銀行を探すためにホテルから南東の方へ歩いていく、道路は広い、歩道もゆったりだが、中国では交通ルールがもの凄い。横断歩道や信号らしき物はあるのだがだれも守らない。基本的に車優先の社会だ。道路を横断するときは左を見てから右を見て、車がやってこなければどこでも渡れる。というより、渡るしかない。道路の真ん中まで来て、対向車がやってくると道路の真ん中で、つったったまま車が途切れるのを待つのだ。生半可な度胸では道は渡れない。歩道上では実にいろんな物を売っている。一番目立つのは何かわからないが小さく、丸いナッツのような物だ。これは最後まで手を出さなかったが、そこら中で売っている。あとはブドウだけを山積みした3輪車や、梨、みかん、桃などを売っている屋台がある。そのうち、間口が広い大きな店があった。興味津々で中へ入ってみると、そこは薬屋だった。間口が広いだけではなく奥行きもあり、白衣を着た売り子が大勢いた。何に使うのか良くわからない薬が大量に展示され、覗いていると声をかけられるが、何を言っているのかさっぱりわからない。漢字も中国の漢字はあまりにも簡略化されていて、元の字がどんな字なのかわからないものも非常にたくさんある。それでも判読すると、なんとか用途のわかるものもある。鹿の角なども丸ごと売っている。多分ワシントン条約に引っかかる物も、いっぱいあるのだろうなあ。

 最初に見つけた中国銀行は中が薄暗い...。「やっぱり休みだねえ」と、話しながら通りの向こう側へ道路を横断する。もちろん横断歩道なんか渡らない。{郷に入っては郷に従え}だ。次に見つけた銀行は、灯りがついている。どうやら営業しているようだ。しかし、窓口ではT・Cの両替は断られた。中国銀行へ行ってくれという。しかし、休みじゃないのかなあ?気を取り直して、少し歩きながらホテルの方へ戻る。ホテルへ着く前に中国銀行を覗いてみると、人がいるではないか!やはり営業していたのだ。しかしながら、T・Cの両替は月曜から金曜までの間しか出来ないと、断られた。 


 バスにて、いよいよ観光に出発

 最初に行ったのは北陵公園。瀋陽北駅の北方に位置し、清朝時代の皇帝、皇后のお墓がある所である

 公園内は広大な林になっていて、その中央付近に建物と陵がある。瀋陽市の周辺は広大な平野で、ほとんど山らしい山や池も無いのだが、風水占いにより敷地内に人工の池や山が作られている。普段は車の乗り入れは出来ないのだそうだが、日本からの観光客とあって、特別に観光局から乗り入れの許可が出ている。

 曲がりくねった公園内の道路は狭くてバスのボディに小枝(というより大枝)が、がつんがつんと当たる。しかし、運転手は、そんなこと全く気にしない。高齢の方が多かったのでこの配慮はありがたい。公園中央付近の池の近くに駐車して参道を歩いて行く。参道には麒麟や象、龍などの石像が並んでいる。建物は古く、傷みが激しい、屋根には雑草が生えている。回廊の煉瓦も相当に傷んでいる。上薬をかけて焼いてある瓦さえ、所々、穴が空いて瓦の下地が見えているほどだ。陵はさほど大きくはないが、饅頭のような小高い築山になっていて、頂上に一本の木が生えていた。

↑これがお墓  建物は屋根に草が生えている

 

 各建物の下の石積みの四隅には、雨水を流す樋がある。石で彫られた動物の頭が取り付けられ、口から水が地面に垂れる。さらにその下の地面には、落ちた水で地面が掘られないように四角い石がおかれ、真ん中には焼き物の受け皿が備えられている。

極彩色で美しい建物

 帰り際に、園内の中国式公衆トイレをチェックする。噂通りのトイレだ。男子トイレの小は朝顔も無く、ただ壁があるだけ。大の方はコンクリートの間仕切りがあるだけのシンプルな構造だ。写真のように、真ん中に四角い穴が空いているだけ。

壁を背中に用を足す。臭いも強烈。田舎へ行くと、もっと凄いらしい。

 

 お昼は、当然ながら中華料理。酢豚、麻婆豆腐、青梗菜など馴染みの料理が並ぶ。ご飯は薄味のチャーハンだった。どれも熱々で美味しい。各テーブルにビールが2本サービスになっていた。味の薄いビールで、冷やしてもいないので、さほど美味くはない。氷を要求している人もいたが、氷はもともと生水、お腹を壊すとまずいので、私はそのまま飲む。

 

昼食は市内のレストラン

露天の靴修理屋

バスの出発まで、少し時間があったので、Mさんと周辺の散歩に出てみる。

 路上で色々な物を売っている。靴の修理屋がいた。路上で堂々と麻雀をしている人たちがいる。牌が、もの凄くでかい。日本のデカ牌よりもはるかに大きい。多分、日本の牌の倍はあるだろう。当地では日本サイズの牌は旅行用だそうだ。

←今回、同行したMさんは、以前、トルコへ行ったときに知り合いとなった方。陽気で、聡明で、しかも旅慣れている、とってもチャーミングな女性。Nご夫妻と共に、共通の友人である、大連在住のKご夫妻を訪ねる事になっている。大連でトルコ旅行の同窓会というわけだ。 今回のツアーでは若い頃、瀋陽に住んでいたとか、大連で生まれたという、高齢者の方が多く、一人で平均年齢を下げていた。同行者の間でも、もてもてだった。


 昼食の後は瀋陽故宮

 市内の道路は6車線のメインストリートが縦横斜めに交差し、さらに細い道路も縦横無尽に走っていて、非常にわかりづらい。瀋陽故宮は、北京にある故宮ほど規模は大きくないが、6万平方メートルほどの所に300以上の建物がある。大政殿は、ほぼ原型を残す完全な形を残している。博物館もあるのだが、時間の都合で見学は出来なかった。残念!

           瀋陽故宮    右は大政殿→

 

 故宮の見学の後、お茶をご馳走してくれるという。言わずと知れた土産物屋だ。階上の小部屋へ通され、チャイナドレスを着た若い娘さんが、たどたどしい日本語で、色々と説明をしながらお茶の種類や飲み方を紹介して飲ませてくれた。どうやら彼女はまだ新人らしく、若干上がり気味。最後に、色々なお茶の詰め合わせや茶器などを紹介してくれた。写真の茶器はお茶を注いだときだけ、真っ黒だった龍の文様が、カラフルな龍の絵に変わるという茶碗。

 おそらく液晶を使った物だろう。中国人の中にもかなりのアイディアマンがいるものだと感心!(買わなかったけどね)もともと、こういうコースで連れてこられる店は、市内の店よりもかなりお高めが普通なんだよね。

 お茶で休憩した後は、中街という繁華街でしばしの自由行動。丁度、日曜日とあって、大変な賑わい。バスを降りたところから、メインストリートへ出る途中には、自転車店が何軒も並んでいる。ちなみにママチャリが280元(およそ4200円)瀋陽市は平地が多いこともあって自転車は非常に普及している。中でも、前半分がリヤカーの用になっている貨物自転車は非常に多い。通りでも、そういう自転車にナッツや果物、その他のもろもろの物を載せて商いをしている人がたくさんいる。

 布きれ一枚敷いただけで商売をしている人もいた。GIANTの販売店を発見。しかし、どうやら、この日は休みのようだ。さすがにスポーツ車(風)の自転車を置いている店には若い人が集まっている。

 メインストリートへ出たところに、歌舞伎座に似た建物があり、ここが集合場所となった。表通りではステージが設けられ、ファッションショー行われていた。ここは、ウェディングドレスの会場。中国ではどこでもそうなのだが、やたらとBGMが騒々しい

 映画館ではパールハーバーとおぼしき映画が上映されている。歩行者天国となっている通りの中央には、露天商用のブースになる鉄パイプのフレームがずらりと並んでいた。

歌舞伎座風の建物

ファッションショー

歩行者天国

右は一般的な町並み。階上は庶民のアパート。内装は自費でやるのが、一般的だそうだ。窓ガラスは大抵色つき。裏通りは、これほどきれいではない。


 ホテルへ戻る前に、観光局から義務づけられているという、外国人向けの土産物屋に寄る。

 ここには若い娘さん達がたくさんいて、やたらとしつこく売り込んでくる。悪いけれどあまり買う気にはなれない。印材や印泥も置いてあったが、ちょっと見ているだけで、日本語の出来る売り子が近づいてきて「これ、最高。」とか「日本円でいくらいくら」とか騒がしい。私は、中国でも一番良いと言われている「西冷印社の印泥」(日本の朱肉みたいなもの)でも買おうと思っていたのだが、置いてある品物は、どこの会社のものかさえもわからない、筆談で西冷印社のものは有るかどうかたずねてみると、彼らは「それは、どんなものなのか」。「どこの会社のものか」と逆に訪ねてくる始末。そういう教育はまったく受けていないのだろう。さっさと外へ出ようと歩いていったら、Mさんがなにやら店員と話している。透明の瓶に入った地酒をみている。1本50元だそうだ。大きさはポケット瓶位、その棚にはどんな味がするのかわからないが、ワインまで陳列してあった。二人で、さほど興味なさげに話していたら売り子がビニール袋に3本入れて、「これで100元、どうだ!どうだ!」という。ご多分に漏れず、非常にしつこい。

 それでも、それを無視して、下の方に展示してあった袋菓子を手に取ってみる。どうやらこれは山査子のお菓子らしい。以前、「覇王別姫」という中国のある映画で、厳しい修行に耐えかねて自殺してしまう子供が、「山査子の砂糖漬けを腹一杯に食べたい」と言っていた。凄く切ない映画だった。すると、売り子はその山査子の袋を、一袋、先ほどの酒の入った袋に入れて、さあ、どうだと言わんばかりに「これで100元」と粘る。それじゃあと、こちらも「いいや俺達はふたりだから、酒をもう1本入れて4本にしたら買う」と言ったのだが、さすがにそれはノー。で、山査子の袋をもう一つ負けさせて、2袋にしてもらって100元で買う。あとで、わかったが、それでもかなり割高だったなあ。(後日談、この菓子は美味かった。特に白酒のつまみに最高!)

 外に出てみると、そこの広場では凧が揚がっていた。中国の凧は細工が細かい上に、絵柄が綺麗なので有名だ。材料は普通の竹とシルクだ。金魚やトンボ、蝶々等、動物をかたどった物も多い。今回は是非、この凧を買って帰らなければならない。早くスーツケースを空にしなければ.....。


 この日の宿泊は同じくShangri-la(商貿)ホテル

 ホテルは瀋陽駅(北駅では無い)、旧奉天駅と呼ばれた駅の近くにある。夕食までには、まだ時間があるのでMさんと旧奉天駅を見学に行くことにした。駅まではほんの5分位、夕日に駅のシルエットが浮かんでいる。相変わらず人混みが凄い。空気が乾燥していて、のどがイガイガ、声がかすれそうだ。駅前の交差点で右へ曲がる。角から数件目に怪しげな店が数軒。なんと大人の玩具や精力剤の専門店。Mさんが、面白がって写真を撮る。フラッシュが発光した瞬間に、店の中から中年の女性が出てきて、こちらを指さしながら、道路で何かを売っていた露天商の男達に、甲高い中国語でわめき立てる。どうやら写真を撮ったことで、逆鱗に触れたらしい。おもわず、さっさと歩いて逃げる。100メートルほど行ったところで漸く一安心。ここからまた細い通りになっている商店街へ入る。時間が遅いので、もうほとんど閉店しているか閉店の準備中だった。ホテルへ戻ってみると、もう大部分の人はバスで待機していた。

 夕食は市内のレストランで瀋陽名物の餃子。老辺餃子という老舗の店だそうだ。前菜などの青物が出てきた後、やおら、餃子の入った桶がずらりと並ぶ、ターンテーブルの上に載せきれないほどの数だ。これらは無造作に積み重ねられていく。日本風に考えれば。一人に1桶なのかな?と思ったら全ての桶の餃子の種類が違う。それぞれ一個ずつということだ。前菜の野菜がやたらと美味くて、ここまでで、既に胃袋はかなり窮屈。それでも、あっちこっちとつまんでみる。どれも蒸し餃子だ。このあと、さらに焼き餃子や水餃子まで出て、もう、どれとどれを食べたのかわからなくなる。中国では、食卓に出された物を全て食べ尽くすのは、主人に対して{私はまだ満腹していない}と言っているのと同義語だそうだ。最後には、{料理はこれでお仕舞い}の、印に西瓜が出る。だが、西瓜は、もうシーズンも終わりでさほど美味くはない。

山積みの餃子に満腹!

 明日はいよいよ、Kご夫妻と対面できる。日本から持ってきた土産を渡せば身軽になれる。風呂に入ってゆっくりと今日の疲れを癒す。明日は出発が早いので、寝酒に、先ほどの店で買った酒を飲んでみる。蓋を開けると、やたらと臭い。出張で時々中国へ来ている弟に聞いたことのある酒、白酒だ。臭いは、そうとうきつい。私が知っている中で、たとえてみれば、モルビエというチーズの臭いに似ている。かつて、某社長をして「雲古の臭いだ」と言わしめたチーズである。だが、グラスに注いだ白酒を口元まで持っていって、鼻から空気を吸わないようにして飲んでみると意外といける。その夜は酔っぱらった勢いで、すぐに眠り込んだ。


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1

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瀋陽

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瀋陽〜大連

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大連

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大連〜瀋陽