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起床はモーニングコールで5時半起床。昨日の疲れと適度なお酒のおかげでぐっすりと眠れた。過去、旅行中にモーニングコールで起こされるほどよく眠ったことは無かったのに.......。朝食は昨日と同じく、バイキング。
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7時、バスにて瀋陽北駅。今朝はやや寒く、小雨
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駅は古くて大きい、入り口は狭く、中は薄暗い。ろくに写真を撮る暇もなく、エスカレーターへなだれ込み、二階の待合室へ行く。待合室で人数を確認後、ただちにホーム。車両は一番前の方の1等車、日本のグリーン車かな?コパーメントになっているものと、勝手な想像をしていたが、ふつうの4人向かい合わせの席。
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通路にはポットがおいてあり、お湯がはいっていた。このお湯は旅客が自由に使っていいのだそうだ。Mさんはしきりに残念がっている。「某webに紹介されていたのはこの事だったのか!ティーバッグとカップがあれば、お茶が飲めたのに........。」こういうこととは、気が付かなかったそうな。座席は、まあ、これでも硬座よりは、はるかにいいのだろうが、リクライニングもなし。背中合わせの4人分が一組になっていて、リクライニングするような構造では無い。ホームの売店には、ビールや得体のしれない透明の酒を売っている。ビールは5元だ。瓶入りの透明の酒を10元で買う。ポーターが運んできた荷物は、どんどん昇降口に積み重ねられ、この昇降口は通れなくなってしまった。階段の部分を備え付けの板で覆って、荷物を置けるように出来ている。下の方のケースは、かなり重量がかかっていて。むごい状態だ。やっぱり、しっかりとしたスーツケースを持ってきて大正解だった。
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瀋陽北駅を出発した列車は、昨夜、外側だけ眺めた旧奉天駅(瀋陽駅)にちょっとだけ停車し、すぐに郊外へでる。瀋陽付近は山がないと聞いていたが、本当に見渡す限り畑が続いている。作物はとうもろこしが、ほとんどのようだ。所々に葡萄畑も見える。葡萄の作り方は日本のような棚作りではない、ヨーロッパの様に低い柱でささえている。やがて、車内販売の売り子やってくる。となりの客席の人が2本買って、札を出したのだが、お釣りがないらしく、なにやら中国語でしゃべってどこかへ行ってしまった。やがて、もどってきて札を一枚取っていってビール2本とコーヒーを置いていったが、どうやら50元払ったらしい。ビールは1缶5元のはず。なんと!定価の4倍、コーヒーは5倍だ!「やられた!もうやってこないだろう」等と話ている。なんとも恐れ入った。案の定、その売り子は2度と来なかった。
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しばらくしてから、制服を着た女性がなにやら脇に抱えてきた。(またまた何か売りに来たな)と思ったら、記念切手アルバムと大連の地図だった。地図は定価4元、役にたちそうなので一枚購入した。ホテルは半島南側の海の側のようだ。街からは、やや離れているが景色が良さそうだ。だけど、どっちかといえば街に近い方が面白そうだなあ。2時間ほど走ると、遠く、近くに低い山が見える。あいかわらず回りには畑が広がっている。午前11時、あいかわらず広大な、とうもろこし畑の中をつきすすむ。発車後3時間ほど経過しているので、ひっきりなしにトイレへ行く人が通路を通る。2つのトイレがあるのだが、一方は鍵がかかったままになっていて使用できない。便器は一応ステンレスらしい、小さな便器で、お情け程度の{きんかくし}がついている。ほとんど床の高さと同じレベルで、揺れる列車のために、命中し損なった排泄物(小の方)で回りが濡れている。もちろん、線路へ直接たれ流しだ。おばさん達はスラックスの裾が濡れないように、たくし上げて入っている。大連へ近づくにつれて、低い山が両側に見える。だんだん町らしくなってきた。12時過ぎに大連駅へ到着。ちゃんと時刻表通りに走っている。ホームには何もない。
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ポーターの車がやってきて荷物をおろす。私のケースは一番奥の方に入っている。ポーターが列車から降ろすときに、あまりの重さに”うおっ!”と声を張り上げた。無理もない、なにしろ30キロもあるのだから。ごめんね......。一行は自分の荷物があるのを確認して、そのまま駅をでるやけに出口が小さく、一人ずつしか通れない。セキュリティのためだろうか?。外へでてみると、どうやらこの出口は長距離客専用らしい。右手の方にはふつうの出入り口があった。天気はよく、駅前はさすがに人でごったがえし、多くの人々が歩いている。もしや、Kさんが来ているかと、あたりを見渡してみたが姿は見えなかった。駅前からは、ガイドブックや観光パンフレットにでているような近代的な高層ビルが立ち並び、すばらしい眺めだ。
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迎えのバスは、なんと、海外旅行では初めて乗るベンツのバス。なんでも、中国でもベンツのバスは、ここ大連に20台ほどあるだけらしい。例によって前の方はご老人たちにゆずり、一番後ろの方へ行く。私は後ろから2番目、Mさんは一番後ろへ座った。バスが走り出し、ガイドの説明が始まる。曰く”右手に見える建物は.....”と、始まった。ところが一番後ろに座ったMさんは、トイレがじゃまで右側が見えない。で、私の隣に来た、その時に、私が座席を後ろに倒した途端、倒れたままになり、戻らなくなってしまった。みてみると、部品が無くなっていて、針金で縛っていたようだ。やはりベンツでも使う人が駄目ならやっぱりだめだ。まずは市内のレストランで昼食。もちろん中華料理、体を動かしていないのであまりお腹が空いていない。それでも、料理は山のように(鬼のように)出てくる。ここのビールは冷やしてあり、まあまあ飲めた。
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このビルは、30階建て位の高層建築だが、前面が緩くカーブしたガラスで覆われている。丁度窓拭きの作業中なのだが、作業員はゴンドラにも乗らず、太いロープ1本で直接、生身の人間が屋上からぶら下がって作業をしている。ヘルメットすら被っているようには見えない。もっともあの高さから墜ちたら、ヘルメットなんてなんの役にも立たないだろうがノ..。なんとも凄い、さすが中国!
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左の写真ではわかりにくいが右上に2本のロープが見える。このロープに生身の人間がぶら下がって窓ガラスを拭いていた。建物は、凡そ30階建て!!
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昼食後、最初に行ったのは、中山広場
中山広場は大連市街でもっとも広い広場で、ここを中心に放射状に道が走っている。有名な旧ヤマトホテルもこの広場の前にある。広場には若い人たちが大勢散歩したり休んでいたりしているが、誰一人として芝生に入っている者はいない。あとでガイドに聞いてみたら、やはり芝生に入ることは禁止されているそうだ。Mさんと旧ヤマトホテルの建物の中へ入ってみる。外側は傷んでいるが、内部の作りは非常に豪華だ。大理石作りで、古くささはちっとも感じられなかった。
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ヤマトホテル全景
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ヤマトホテル玄関
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中山広場に立つ私
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星海公園にて
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なんだか、今回の旅は、自分の写真が少ないなあ!
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中山広場を後にしたバスは中山路を西の方へ進む、映画館街を通り過ぎ、大きな病院の前を通る。この病院では昔、多くの日本人が生まれたそうで、以前は観光コースとしてガイドしていたことがあるそうだ。バスはどんどん坂を下り、南の方へ向かう。黄河路という看板が見えたが、そこから離れて左の方へと進む。黄河路とはKさんご夫妻が住む大夏(マンション)の在る通りの名前だ。やがてバスは星海公園へ到着。星海公園は、大連市の南西方向に位置する海浜公園である。バスをおりて{星海公園}と呼ばれるいわれの説明を受ける。緑が美しく、海に面した美しい公園だ。ここで30分の散策時間をもらって海岸へ降りてみたのだが、あいにく雨が強くなってきて、急ぎ足でバスへ戻らざるを得なかった。この季節に海にはいって泳いでいる人もいた。
全員が揃うと、今度は海岸沿いに東の方へ向かう。こちらには中山広場よりも、さらに広い星海広場がある。ここでは、平均的な中国人にはとても入居できない超高級マンションを建築中だ。だが、よくみると、建築途中で、放置されたままになっている高層建築もたくさんある。鉄筋も錆び放題だ。大連市内にも瀋陽市内にも建設途中で放置された建物がたくさんあった。
バスは大連南側の浜海西路を通り、ホテルの方へ向かう。ホテルは老虎難と呼ばれる景勝地の海岸に近いところだ。ホテルへ到着する寸前に、例によって土産物屋へ寄る。ここも外国人向けで日本語の出来る売り子がたくさんいる。こういうところの売り子は、やはり歩合制になっているのか、売り込みは非常に激しい。民芸品を扱っているというので、凧が入手できないかと期待していったのだが、やはり凧なんて全く影も形もなかった。印泥のコーナーにいる売り子にしても、{西冷印社}を知らない。印材には鶏血などの有名印材があったが、中国国内にしては高すぎるような気がした。6面全てが真っ赤に近い、見たこともないような大きい印材があったが3600元(約54000円)。18ミリ角位の5面が真っ赤な印材で、1500元(22500円)たしかに日本へ持ち帰れば、そんな値段では買えないが、気のない素振りをしていると、あっという間に1300元に下がる。あっちも見たいからと言って印材のコーナーを離れると、追いかけてきて1200元まで下がった。でも、工賃(文字の彫刻代)も入っているのだろうと念を押すと、怪訝な顔をして「自分で彫るの?それなら1100元」だって.....。値切ればもっと安くなったのだろう。けれど、幸いなことに時間切れで、バスに戻らねばならなくなり、買わなくても済んでしまった。ああ、良かった。でも、貝の象眼細工物などは見事だった。
リージェントホテル(麗景大酒店)は海岸沿いの小高い丘の上に建っていた。
部屋へ入って、早速Kさんの所へ電話をかけようと思ったら、部屋の電話は、まだ外線につながらないとの案内が流れてくる。仕方なく、一階のビジネスルームへ行って電話をかける。電話の向こうでは、待ってましたとばかりにK夫人の声が聞こえる。ホテルへ到着した旨を伝え、一旦食事のために、ホテルを離れるので、食事が終わる頃、ホテルへ来ていただくことにした。部屋へ入って、早速スーツケースを開け、はるばる日本から運んできたお土産をテーブルの上に並べておく。ボルドーのワイン2本、焼酎2本、餅、煎餅多数、かなり重かった酒悦の瓶詰めのセット、韓国ラーメン、Kさんの好きなキムチチゲの元、等々、これでようやくケースが軽くなる!中国は、甘いお菓子ばっかりで、煎餅みたいな醤油味の菓子がないそうだ。日本人向けのお土産には、煎餅と、ふりかけが喜ばれるとのことだ。
夕食は中山広場の近くのレストランで海鮮料理。海鮮料理の不得手な、Mさんは食べられるものがあるかどうかと不安そう。なんでもアレルギー体質でえびやホタテ等の海産物は、受け付けないのだそうだ、ちょっぴりかわいそう。
予定より、やや遅れてホテルへ帰り着いた。もしや、もうKさん達が来ているのではないかと、バスを降りると、急いでホテルへ向かう。窓越しにKさんらしい姿がフロントに見える。飛び込むように玄関を入ると、ロビーに、出張で滞在中のKMさんの姿が見えた。KMさんもKさんと一緒に来ている私の友人だ。K夫人が、ふり返る。Kさんが歩いてくる。そこへMさん、N夫妻も到着。「お久しぶりねえ...」と再会を喜ぶ。
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大連在住のKMさん、Kご夫妻
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再会を祝して記念撮影
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とりあえず私の部屋へ上がってもらい、持ってきた土産を渡す。日本からあらかじめ頼んで作っておいてもらった印を受け取って、中国生活の話を伺いながら、酒を酌み交わした。Kさんは中国式宴会で、いつも白酒(例の臭いお酒)ばっかり、たっぷり飲まされているので、嘗める程度におつき合い。中国生活も、楽ではなさそうだ。翌日は10時にホテルへ迎えに来てくれると言うことになり、3人で大きな袋やザックをかかえて、帰っていった。
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