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5時半起床、昨夜ビールを飲んで、ぐっすり寝ようと思ったのに あまりよく眠れなかった。
不要な物は全てスーツケースに押し込んで、自分でロビーへ運ぶ。男は支度が簡単なので楽だなあと、つくづく思う。食事は昨日と同じ中華のバイキング。残念ながら、さほどほめられた料理では無い。だが、また4時間も列車に乗らねばならない。腐乳(沖縄の”豆腐よう”と同じ、豆腐を発酵させた物)を、お粥に入れて食べる。沖縄の物ほど辛くはない。ついでに腹持ちの良さそうな、油ぎたぎたの豚肉を二切れ無理矢理、口に押し込む。
大連駅から瀋陽行きの列車に乗る。なぜかしら、帰りのこの列車の方が綺麗だ。風景も見慣れてしまったので、さほど珍しくない。一行と昨日買ったビールを飲んだり、四方山話に花が咲く。お昼近くなると厨士と書かれた名札を胸に付けた小太りの男が、ゆでたばかりの“とうもろこし”を運んできた。前の座席にいた人がそれを買う。お裾分けを少しいただいたが、ちっとも甘くない。
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右の写真は大連のカルフールで購入したスナック菓子の詰め合わせ。数種類の小袋が入っている。
ローマ字で”oishi”と書かれている。メーカーは上海の”上好桂”
試しに食べてみたが、どれも美味しかった。
ただし、持ち帰るのに嵩張るのが難点だなあ。
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お薦めのスナック菓子詰め合わせ
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同行のご老人
この方はたまたま、私の父と同じ大正8年生まれとの事。若い頃、瀋陽に住んでおられたそうだ。
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上機嫌のMさん
瀋陽駅に到着して、ホームで戦利品を披露するMさん。旅慣れているので、お土産の買い方が上手だ。
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瀋陽へ到着すると、すぐに昼食。ここでは、いかにも中国という感じの料理が出た。細かく切ってはあるものの、鶏が、まるまる半身で出てきた。年輩の方々は、手が出ない。やや塩気が強かったが、薫製のような風味で、私一人で美味しくいただいてしまった。
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お頭付きの鶏(半身)
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食事が済むと、遼寧省博物館へ行った。残念ながらここは撮影禁止。ふむふむ、さほど大きな博物館ではなさそうだ。最初の展示物は目玉の北京原人の骨格標本。正真正銘の本物だそうだ。その他、主に各地の陵墓から発掘された陶器、鏡石棺などを見た。廊下には黒い漆塗りの屏風がいくつか並んでいた。一番右側には日本語で「非売品」と書いてある。いぶかしげに思いながら説明を聞くと、残りの物は展示販売しているという。いくらなんでも、こんな国宝級の物をと思ったら、博物館の建物を新築する資金繰りのために、展示物を販売しているのだそうな。どれも立派な物で貴石、半貴石をレリーフした素晴らしい絵柄が象眼されている。それにしても、価格は日本までの、送料込みで45万円ほどだという。こんな素晴らしい物が45万だなんて信じられない思いだった。しかし、別なツアーの日本人が買っていったようだ。同行の方の中にも、本気で買いそうな人がおられた。結局買ったのだろうか?結果は聞かずじまいだった。入口の所には、本や拓本が多数展示されていた。ほとんど古いお墓の墓誌である。結構若死にしている人が多い。少々興味もあったが、墓誌ではねえ....
ホテルへ着いたのは午後三時、夕食までまだ3時間もある。これはラッキー!まだ、街の中を散策できる。
しかし、予定より早くつきすぎたので、未だ部屋の掃除が終わっていないという。どうやら部屋へ入れるのは5時頃になってしまうらしい。そこで、荷物はそのまま預けて、Mさんと、街の散歩に出かけた。まずは博物館から帰ってきたとき通ったホテル横の天津北街を北東の方へ歩いていく。種々雑多な店が軒を連ねている。印刷屋とか看板屋、銘板などを売っている店が多い。歩道の上に自転車が置いてあったり、看板屋が作業していたりで、車道に出たり歩道に戻ったりと忙しい。Mさんが“アイスクリームを食べてみたい”と、小さな店の冷蔵庫を探る。何のアイスクリームかわからないまま、買って開けてみたらチョコレートのアイスだったみたい。この前、外からしか眺めなかった、旧奉天駅(瀋陽駅)の方へ向かってみる。あの夜、写真を撮影して怒鳴られた、怪しい店の前を通った。まあ、特に問題はない。駅舎に入ろうと、車をよけながら道路を横断し、駅に行ってみる。古そうな建物だ。薄暗い、待合室の高い天井は、あちこちが抜け落ちている。安っぽいプラスチックのイスが置いてあるだけ。売店の売り子も何となくやる気が無い。時間から時間までいるだけで給料はもらえるので、積極的に売り込もうとはしないようだ。本屋に並んでいる本の半分くらいは”立身出世”の指南本と、手相や風水などの占いの本が多い。後は車内で遊ぶためのゲーム用カードがあちこちで売られている。また、車内でお茶を飲むためのポット(車内にはお湯が無料で供給されているので)等が目立った。
待合室の奥にはトイレがあったので、興味津々で行ってみた。やはり小用の朝顔は無く、壁に向かって直接用を足す。水洗になっていないので、壁の前に立っただけで、強烈な臭いが鼻につく。大の方は北陵公園のトイレと同じで、しゃがんだときに、隣が見えなくなる程度のコンクリートの壁で仕切られているだけで、ドアはない。当然、通路側からは丸見えだ。薄暗い中で用を足して、写真でも撮ろうかと思ったら、後ろの個室で(大きい方の)用を足していた人がいて、おもむろに立ち上がったので写真は撮りそびれた。Mさんの報告によると女性用のトイレは通路に向かって横向きにしゃがむようになっていて、全ての個室を縦に貫くように溝が掘ってあるそうだ。ここに水が流れていて、下手をすると前の人が落とした物が、自分の下を流れていくという構造だそうだ。「つまり、一番上流が特等席って訳ね」とMさん、さすが強者だ。
今度は、駅の建物左側の硬座の待合室に行く。こちらは、天井につけられている照明もまばらで、さらに薄暗い。旅客達の身なりもそれなりだ。これが中国の一般庶民の生活なのだろう。駅の建物の左側には、食堂街みたいな所があった。油ぎたぎたの、でかいねじりパンや、すぐに食べられるファーストフードが売られている。
街中の様子(瀋陽駅の付近)
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裏通りを歩くMさんと私
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市場の入口
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駅前の勝利北街にかかる歩道橋を渡り、通りの向こう側を右の方へ歩いていく。さすがに駅前らしく、すごい賑わいだ。少し行ってから、中山公園の方へ向かう(とおぼしき)細い通りに入ってみる。この辺りは庶民の生活のための、雑貨や食料が売られている。狭い通りを人や、3輪車がひっきりなしに行き交って大盛況だ。後ろからやってくる三輪車の男が「そこのけ、そこのけ」とでも言っているのだろう。大きな声で怒鳴られる。「面白い!これだから旅は止められない!」とMさんと話す。そのうち、市場街に出た。間口がほんの2m程度の店が縦横に並んでいる。残念ながら、もう閉店間際で大部分の店はシャッターが降りていた。中国茶の店や、買い物の品物を入れるサービス用の小袋専門店、酒店、蜂蜜専門、お菓子の箱の専門店等々、本当にいろんな店があった。後で地図をしらべてみたら小食品城と書かれていた。散策に許された2時間も、あっという間に過ぎてしまう。そろそろと、ホテルの方向(とおぼしき方向)へ向かう。その路上にも、簡単なパイプ組みで仕切られた露店が続いている。
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露店で鶏の足を売っている
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ナッツ、果物の露店
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やがてホテルの近くのメインストリートに出る。Mさんが「なかなか方向感覚がいいんですね。」などと話す。表通りにはスーパーマーケットがあった。元の残りがいくらかあったので、ここで使ってしまうことにした。Mさんは残り金額を計算しながら、チョコレートをいくつか買う。私は、ふと目に入った袋菓子が丁度残金の3元1角だったので、それを買って、元の手持ちはゼロになった。お互いに「こんなに上手くぴったりにお金を使ったのは初めてね」などと話す。ホテルの近くへ戻って来たが、チェックインには、まだ少し時間があった。そこで、この前は時間が遅くて閉まっていた地下街へ行ってみることにした。さほど広くもない地下街への入口階段を下りていくと、そこには大連の勝利広場には到底かなわない物の、予想だにしなかった、広い空間が広がっていた。並んでいるお店は皆綺麗で、間口は、およそ3〜4間位、奥行きは2間少々といったところかな。店内の内装はいたってシンプルで、商品以外には小さなテーブルが1個ある程度。店員の食事の時やトイレの時などはいったいどうするのだろう。と、余計な心配をする。多分、例の中国式で、自分が食事をしているときは客が来たって、そのまんまほっとくのだろうねえ......と、Mさんと話す。
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予定の時間になるのでホテルへ戻る。しかし、同行の方々は、まだロビーに待機していた。一行の中から「遅いなあ。なんとかならんものか」と思わず声が出る。ガイドと添乗員がフロントでキーを受け取っているが、人数が人数なのでキーの作成に手間取っているようだ。予定より少々遅れて、ようやくキーが手元に配布された。部屋へ入って、汗と埃にまみれた体をシャワーで流す。ありがたい、ミネラルウオーターが2本サービスになっている。乾燥した空気と埃のおかげで、喉が、がらがらだ。このあと瀋陽市観光課主催のパーティで、今回の旅の全てのスケジュールは終わりだ。スーツケースを開けて、いる物、いらない物を分け、最終的な整理をする。やっぱり大きなケースを持ってきて正解だった。今回の旅では、是非とも入手したかった中国凧を6枚も買うことが出来た。たいした金額の物では無いが、嵩張るので持って帰ることの方が大変だ。
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6時ちょっと前にロビーへ降りると、もうほとんどの方が、バスに乗って待機していた。どうやらMさんが一人だけ遅れているようだ。かわいそうに、彼女はルームキーを受け取るのが一番遅かったらしくシャワーを浴びて、濡れた髪を、ろくに乾かす暇もなく降りてきた。パーティは我々のグループと、同じチャーター便でやってきた、北京組の一行と同じ会場であった。一行が揃うと観光課の局長という、貫禄のある女性が登場して歓迎の挨拶をする。最後の夜とあって、一同、大いにお酒と食事を楽しんだ。日本でも紹興酒を飲んだことはあったが、やはり、中国料理を食べながら飲む紹興酒は一段と美味い。酒が進むに連れて大いに盛り上がり、現地ガイドが日本語の歌を披露すれば、昔こちらに住んでいたという男性が中国語の歌を歌う。もう最後とあって、写真をやりとりするために住所のやりとりをしている人もいる。パーティは8時半に、お開きとなり、出発時間までホテルで待機する。すでに出発準備は全て整っているので、もう何もすることはない。
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中央右の女性が局長さん
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TVではナショナルジオグラフィックの番組が放映されていたので、時間まで興味深く観ていた。しかし、時々疲れから両瞼が自然と下がってきて眠り込みそうだ。なんとか眠気をこらえる。 NHKのBS放送は時々、映像が消えて、音声のみになってしまう。10時ちょっと前にボーイが荷物を取りに来た。本当にあとは何もすることがない。
さあ、いよいよ帰る時間だ。バスで空港へ向かう。搭乗の手続きを済ませ、セキュリティチェックを受ける。どういうわけか、Nさんのケースが引っかかってしまった。慌てて中身を点検している。どうやら、お土産の印鑑が危険物と間違われたらしい。さもありなん、丸い筒状の物が10数個も影になって映れば不信に思うだろう。私の物は、なぜ引っかからなかったのかなあ。税関を出て待合室、一緒のチャーター便でやってきた人たちで、ごった返している。もう、真夜中というのに免税店も開いている。私は、すでに元の手持ちゼロなので何も買う物は無い。帰りの飛行機の中で、簡単な食事が出たのは覚えているが、気が付いたときは羽田へ着陸寸前だった。思っていた以上に疲れていたようだ。隣りに座っていたMさんも、飛行機に乗った途端に眠りこけていたみたいだ。税関を出たところで、Mさんともお別れだ。旅での再会を約束して、とりあえず、さようなら...。
今回の旅では英語も日本語も通じない世界を体験した。中国という国の、古い物、新しい物の混沌と入り交じった世界の一端を、かいま見た。中国はとても広い、一度の旅ではとても見尽くすことは出来ない。機会があれば是非とも、また行ってみたい。いや、行かねばならないだろう。
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2001年9月30日 おおわだ しげる 記す
中国(旧満州方面)へ行かれる方への注意点
中国の交通ルールは無いに等しい。くれぐれも事故に遭わないように、ご注意。
空気が乾燥しているので、水筒は必需品。捨ててこられる500mlのペットボトルが便利。
なんでもありあり、何事にも驚かない事。特にトイレは驚異だ!へこたれるな!心配な方はホテルかレストランへ行くこと...。ただし、レストランのトイレでも紙を流せない所もある。ドアは付いていれば、ましな方。鍵はあっても、壊れている。
銀行は土曜日も開いているが両替は出来ない。時間は平日4時半まで。レートはどこでも同じだが、ホテルでも両替できない所がある。○○銀行と書いてある銀行はたくさんあるが、両替は出来ないところが多い、中国銀行ならOK。
物価は安く、お金はそれほど必要ない。小さい店では、100元紙幣だと、お釣りのないところ多し、細かい紙幣が必要。
長距離列車に乗るなら、カップとコーヒーやティーバッグを用意すると良い。二等車(硬座)でもお湯のサービスがある。
ホテルでも水道の水は飲めない。ミネラルウオーターを飲むべし。ホテル備え付けの冷蔵庫のは高い。無くなれば現地で買える。
ホテルのシャンプー、バスソープが只とは限らない。使う前に有料か、無料かチェックすべし。冷蔵庫の上にあるインスタントコーヒーは無料で、冷蔵庫に入っているクリームは有料なんてことになっている。
英語も日本語もほとんど通じない。多少の中国語は勉強した方がいい。しかし、メモがあれば筆談でかなり通じる。都市部での識字率は結構高そうだ。(田舎ではその限りではないとのことです)
あとは、そう....当たってくだけろってところかな。
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