大和田茂ちゃんのインド旅行記

初日・デリー

 デリーの空港へ到着したのは夕方、まだ太陽が沈む前だった。インディラ・ガンジー空港は、これが空港かと思わせるほど小さく、薄汚れてうらぶれた感じでした。機内預け荷物を受け取るベルトコンベアは成田の様な循環式ではなく只の一方通行で、端に来るとそこから床の上にどかどかと落ちてそこに荷物が溜まっていました。鋭い目つきの入国審査官はやけ丁寧にパスポートを調べた上、なにやら申します。観光目的であること、ホテルの名前など一通りの質問に答えます。空港の玄関を出ると、むせるような熱気と異様な臭いがしました。日はまだ沈んでおらず、まだ明るいがなんとなく濁ったようなもやがかかった夕空でした。現地の旅行会社の用意したバスがすでに出迎えに来ていました。バスは日本のバスよりやや幅が広く、長さが若干短いように思いました。バスはアイドリング中というのにガガガガガガガーーーーと、とてつもなく大きな音をたてていました。

 早速乗り込んでみると、運転席には小さなメーターが、やけにたくさん並んでいた。ハンドルが馬鹿でかい!よく見るとあやしげなレバーのついた箱があって3本のホースが出ていた。(想像するにブレーキの油圧の前後配分を変えるレバーではないかと思われる、それとも自動ドアのレバーかな?最後まで触っているところを確認できなかった)ホースにはかなり太い赤いケーブルが無造作に巻き付けられていて、真ん中辺りでむき出しの導線が裸のままよりあわされていた。バスの中は薄暗い、それもそのはずだ、内装は黒っぽいビニールレザーでおおわれていて、ろくに照明も点いていない。エアコンは良く効いていて、天井のラゲッジの下のダクトから冷気が吹き出してくる。客室と運転席は仕切られていて中央にドアがついている、その右側の運転席側にはスライド式の窓がついていた。運転席の方にはエアコンはついていないらしい。暑さから逃れるように乗客が乗り込むと頭にターバンを巻いたシーク教徒(と思われる)のインド人運転手がおもむろに運転席について動き始める。エンジン音はさらに大きくなるのかと思ったらさほど変わらず、先ほどのように相変わらずガガガガガガガーーーーという音をたてている。いったいどういうエンジンなのだろうかといぶかる。後でその正体がわかることになる。

 デリー空港からホテルまでは車で約40分程だった、空港を出た途端に赤茶けた土地が見えてくる。周囲に山という物が全く見あたらない広大な土地だ。辺りの様子はほとんど荒野と言ってもいいほどだ。得体の知れない塀がやたらとあるが、どれにも落書きのように企業名の広告が書きなぐってある。塀の向こう側は全くな平地ではなくデコボコだらけだ。道路脇にはそこらじゅうに、うずたかく砕けた岩や砂が積んである、遠くに見える建物は煉瓦作りだが、昔のTV映画コンバットで見た廃虚を思い起こさせる。今夜のホテルはアショカ・カントリー・リゾートというデリーでは観光パンフレットにも乗っている一流ホテル。しかし、場所はデリーの中心からやや離れた「ファーム」と呼ばれる農村地帯みたいな所にある。

 途中で集落というか、街というか建物と人のたくさん居るところを通過した。建物は煉瓦で出来た平屋だが、一軒としてまともな建物は無く、半分瓦礫の様な建物ばかり。呆気にとられ、びっくりしていたのもほんの小手調べ、市内に入っても建物はすべて半分崩れかかった物ばかり。デリー市内がどこに行っても同じ状態とわかったのは翌日のことでした。道路は、丁度退勤時間とあって非常に驚くほどの人人人人人、自転車、三輪車、オート三輪(オートリクシャー)、スクーター、小型自動車、普通自動車、バス等(それと、もちろん人も)が我先にと道を進む、昔は英国領だったので左側通行になっているが誰も自分の車線を主張して道を譲らない。(残念!オートリクシャーの写真が無い、チップ払ってでも撮ってくれば良かった)

インドの自転車 中央の缶は弁当箱

空いている所があると構わずにずんずん進む、自転車や人やスクーターが平気でバスの前を横切る。隣の車との隙間は手を伸ばせば届きそうなほどだ。運転者はすべからく、けたたましいクラクションを鳴らしてはそこのけそこのけと我が道を主張し、自分の行きたい方へひょいひょいと向きを変えてひたすら進む。信号機はデリーの中心部にしか無く、大きな交差点は英国式にロータリーになっていた。デリーに着いて最初の印象は「なんで、こんなに人がいるんだあ〜〜〜????」。おまけに街の中はまるでごみ箱の中みたい。娘はこの光景に呆気にとられたようで一言も口を開きません、少々刺激が強すぎたかな...

 やがて、バスはホテルに到着しました。アショカ・カントリーはムガル形式の古風な作りのホテルでいかにも「カントリー」を彷彿とさせる建物でした。あまり広くないロビーには左側にマネージャーのデスク。右側にキャッシャーがありました。取りあえずホテルに到着してホッとした一行は部屋の割り当てが決まるまで椅子に腰掛けて一休み。ガイドがチェックインの手続きをしていると、2階からボーイがお盆を片手に降りてきました。お盆には毒々しいほど真っ赤な液体のはいったガラスのコップが載っています。私は心中”それそれ、来た来た”と思っていました。以前、誰かの紀行文でこの飲み物の事は知っていたのだ。彼は一番近くにいた私の所へ来るとお盆を恭しく差し出します。私はあまり有り難くないながらも取りあえず手に取る。他の一行も不安げにコップを取りますが口にする者は一人もおりません。私が少し口にすると、「飲んでも大丈夫ですか?と」不安げに聞かれた。私が”あまりうまい物ではないですね”と答えるとガイドが”飲めると思いますが不安な人は止めておいた方がいいです”なんて言ってました。私はもう飲んでしまったのに余計なこと言うなよ!...取りあえず空になったコップをボーイの盆へ返す。ほとんどの人はなめる程度しか口にしなかったようだ。たしかに生温いし、到底日本人の口に合うようなシロモノではなかった。中身を聞いてみたらバラの香りをつけた飲み物なのだそうだ。鍵を受け取って階段を上る、階段を上ってまっすぐに進むとどうも部屋らしいものは無い、おかしいなと思って少し戻るとガラスのはめ込んだ両開きのドアがあった。これが客室の方らしい。開けてみるとびっくりするほど延々と廊下が続いている。到着したときには暗くてわからなかったがかなり大きいホテルらしい。ボーイがやってきて部屋へ案内してくれた。

アショカ・カントリーホテル(写真はがきより)

 

部屋はツインなのでベッドが二つ、質素な作りだが本当に古風だ。しかし、設備は一通り普通のホテルと変わるところは無い。ちゃんとTVと冷蔵庫までついているし、エアコンが効いていた。さっそく娘と二人でベッドに寝転がり”とうとうインドにやってきたのだなあ”と実感する。荷物をあけてしばし体を休めているとドアをノックする者がいる。もしかすると、と思って尋ねてみると、かねてからEメールにて連絡を取り合っていたY氏だった。彼は仕事の関係で3月から当地に滞在しており、自転車仲間でもある。久しぶりの異国での再会を互いに喜びあった。彼はMTBを持ってきていたが、タイヤのチューブ等が入手出来なくて困っていたのだ。彼に頼まれて日本から買ってきた品物を渡す。あと日本から持っていったおみやげの煎餅やふりかけ、お茶漬け、海苔等を渡す。しばし、日本の状況等を伝えたりインドを旅する上での注意等のアドバイスを受け、再会を約束して帰っていった。彼は来年の3月まで当地に滞在することになっているそうだ。TOMさんのメールアドレスを教えて私が無事デリーへ到着したことを留守宅へ伝えてくれるように頼んだ。(その節は有り難うございました>TOMさん)

アショカ・カントリー・リゾートホテルの部屋でくつろぐ茂ちゃん

 娘がぐったりしているので促して風呂に入れる。夜のためか(インド人は朝シャワーを浴びる)それとも電力事情のためか熱い湯は出ない。これがインド式。娘が出た後、かろうじて入れる程度のぬるい湯につかり、疲れをいやす。明日は6時に起きなければならないが、日本時間では9時半だから比較的楽だ。あまり効率の良く無さそうな冷蔵庫にゲーターレードを入れて凍らせておく。早々に荷物をまとめて寝た。

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