大和田茂ちゃんのインド旅行記(ジャイプール 2)

四日目・ジャイプール

 ジャイプールの市内観光、宿泊は同じホテルなので朝はゆっくりだ。ホテルのロビーに電話の番をしているインド人女性がいた。インドでは働いている若い女性は非常に珍しい。若くてとても美人だ。思わず写真を撮りたくなるがインドで若い女性の写真を撮るのは非常に問題が有るそうなので止めた。バスはホテルを出てまずは有名な風の宮殿へ向かう、ここは旧市街のほぼ中央にある。バスを路上に停めて信号も横断歩道もない道路をそそくさに横切って通りの向こう側から眺める。ここは中へ入れないので取りあえずアリバイ写真だけ。

さすがに街の中の名所だけあってみやげ物売りが凄い。

1枚50ルピーの写真

バスの出発直前に2枚10ルピーでゲット

 次に象のタクシーで有名なアンベール城へ行った。市街地から10数キロデリーの方へ戻る。城は1000年も前に山の中腹に建てられたもので麓の街から象のタクシーがある。今日は幸いにも涼しくて今にも雨が降り出しそうな天気、逆に象使いは商売にならないので象が数頭しかいなかった。雨が降ると象の足が滑って危険なのだそうだ。いつもは50頭位の象がいるらしい。私達はバスの先頭に乗っている特権で一番先にバスを下りて象のタクシー乗り場も一番乗り。乗り場は城壁の一部(らしきもの)をうまく利用して作ってあった。象は4人乗りで背中に座席がくくりつけられていた。私と娘が乗り込む。高い!背中合わせにもう二人が乗ると象はゆっくりと舗装された斜面を登り始めた。ものすごく揺れる!!乗り心地は最悪だ!足にはいたサンダルが脱げ落ちないように足を反らせて押さえる。と、その時私達の乗った象が鼻を上に向けてブーと吹き出す、なんと象の鼻水をいきなり顔面に喰らってしまった。キッタネーと思いつつも、どうにもならん。思えばこれがその夜の下痢の原因か?...カメラを向けたインド人青年が、しきりにこちらを向けとアピールする、そして大声で自分の名前を言う。当然、後でその写真を売りに来るつもりだ。

 約10分ほどで城の入り口へ到着。降りたところにはまだ同行している人達は来ていないので、みやげ物売りの格好の標的にされる。ここの物売りのしつこさはデリーの比ではない。手口も巧妙だ、最初10ルピーと言っておきながら、品物を渡すとドルで請求してくる。私はすかさず彼が手に持っていた10ルピー札を取り返すと品物も返してしまった。私達と背中合わせに乗ってきた人達もしつこく迫られている。私が大声を上げて制止してなんとか城の入場料の料金所まで逃れてきた。しかし、それから約30分位の間、同行の人達が全員揃うまではしつこい物売りにつきまとわれることには変わりはなかった。

 

画面中央やや右の白い所が象のタクシーの停留所
 

大理石を透かし彫りにした窓

 

城の内部 絢爛豪華!

 

窓から入り込む風が非常に心地よい。

 

廊下は狭く敵の侵入に備えている

 

城の中庭

 城の壮大さはここに書くまでもない。周囲の山々にはほとんど緑が無いが、眺めは素晴らしい。王の寝室は天井がドーム状になっていてそこに凸面鏡が無数にはめ込まれ、明かりを消してろうそくを灯すとそれが反射してまるで夜空のように無数の光が反射して非常に美しい。また夏場は非常に暑くなるので、雨水を貯めて少しづつ流していく現代の冷風扇のような仕掛けや、大理石を透かし彫りにした窓などいろいろ工夫がされている。廊下は狭く敵の侵入に備えているのが、いかにも城らしい。城の後ろ側は切り立った崖になっていて...ここからも敵が侵入できない。

 

 城からの下りはジープ型のタクシーだ。今日は観光客が少ないと見えて運転手同士で客の取り合いが始まる。構わずに空いている車に乗ってしまう。運転手の他に8人もぎゅうぎゅうに詰め込まれ、象の登ってきた道とは違う裏口から急な路面を下る。私は助手席に乗せてもらった。娘があぶれて後ろから前にやってきた。狭い助手席に二人で座る。

 

ドアも無いのに結構飛ばす、振り落とされないようにしっかり掴まる。庶民の生活している所のすぐ前の通りを通ったのでつぶさに観察することが出来た。ジープはやがてバスの待っている所へ到着した。ジープの運転手がなにららチップを欲しそうな顔をするが無視する。みやげ物売りも集まってくるが、さっさとバスに乗り込んで残りの人達の到着を待つ。全員が揃うとバスはジャイプールへと向かう、途中で象に乗った象使いが数人いた。今日は雨でもう商売にならないので家へ帰るところらしい。象使いは象の首の所にまたがらず、客席で昼寝をしていた。さすがに象は頭がいい、運転(というのも変だが)しなくても勝手に家へ帰るらしい。外は小雨だ、今日は珍しく涼しいので城の観光も非常に楽だった。先週のツアー客は48度もあった日でとても城の中に入れる状態では無かったそうだ。ほとんどの方はバスで待機していて観光にもならなかったらしい。今週はなかなかラッキー!

 

土産物屋

 

着せてもらったサリーはシルク

 バスはそのままみやげ物屋と称するあやしげな倉庫風の建物に到着、どうも現地の旅行会社とガイド、運転手は全部グルになっている節が見られる。とにかく中へはいる。インドの民族衣装サリーやインド綿、シルク、絨毯、ミニアチュール、その他色々な物を売っている。私は娘にせがまれるまま一番安いコットンのサリーを買う。コットンなら後から浴衣でも作れるだろう。サリーを着せてもらって記念写真を撮った。他の人達はまだ買い物が終わらない様子なので、インドの庶民が使っているステンレスの丸い弁当箱の事を聞いてみた。もちろん、ここは観光客目当てのみやげ物屋なのでそんな物を置いているはずがない。そうしたら一人の男が、こちらへ来いと手招きする。表へ連れて行かれて建物の裏の方へ案内する。そこには彼の自転車と弁当箱があった。何を勘違いしたのか彼は弁当箱を開けて中身を見せ、食べて見ろと言う。丁重に遠慮して、この箱の方が欲しいことを伝える。

 

インド人庶民の弁当箱

 店の中へ戻ってミニアチュールを物色していたら、別な男が弁当箱を4個も持ってやってきた。この男はこの店の者ではなく外の店で弁当箱を売っているらしい。価格を聞いたらなんと500ルピーだという。一通り値切る、200ルピーから始めるが全然まけない。連れてきてくれた男も、マージンが無いなんて見え透いた嘘をいう。しかし、もう時間もないし観光客が街に出て買い物するチャンスは無さそうだ。とうとう根負けして500ルピーで買った。同行の人達が寄ってくる。でも、さすがに弁当箱を買うような酔狂な人はいなかったな。店を出てバスの所へ行くと、先ほど象の背中に乗っている所を撮影した写真を売りに来た。一枚50ルピーだそうだ。ノーサンキューを決め込んでさっさとバスに乗り込んでしまう。彼らも売り損ねては全くの赤字なので必死だ。バスの中までは入ってこないが入り口の所でなんとか買ってもらおうと粘る。こちらもそんなに人が甘くない。いよいよバスが出発する寸前になってから10ルピー渡して2枚ゲットした。今夜もジャイプール泊まりなので気が楽だ。

 

 

 

残念!ついに熱と下痢でダウン

 夕食はまたしてもインド式のカレーバイキング、いい加減に飽きてきたが仕方がない。娘はあまり食欲がなさそうだ。そこそこにして部屋へ引き上げる。娘は疲れたようであまり元気がない、明日に備えて早く寝かせた。私は明日の移動に備えて荷造りをしているうちに気分が悪くなる。どうもお腹の辺りがむかむかして吐き気がしてくる。こいつはまずい。夕食に食べた物がまずかったのかそれともさっきの象の鼻水のせいか?インドでは必ず下痢をするとういうが明日のバスも260キロ程走らなくてはならない。取りあえず夕食直後なので食あたりを考え、トイレで食べた物を全部戻す。某薬局で調合してくれた特製漢方薬を飲んだ。しかし、結果は思わしくなく明け方までの間に10回位下痢をしてしまった。汚い話で恐縮だが出る物といえば茶色い水ばかり、本当に激しい。苦しい。腹が痛い。ろくに眠れぬ夜があける。午前4時頃起きる。そのまま朝になってしまった。

  この朝は朝食が6時半、出発がなんと7時半。つらかった〜! 娘共々、朝食抜きで時間ぎりぎりまで部屋に待機していて出発。添乗員に事情を話してエアコンの吹き出し口に目張りをし、持参のフリースの毛布を被って座席で寝ていることしか出来なかった。寝ている間に、途中の休憩所についた。頭痛でふらふらになりながらバスを下りる、暑い!!半端な暑さじゃない気温は45度!肌を刺すような強い日差しだ。なるほどこれでは半袖ではいられない。トイレ休憩が済んでバスに戻る、あまりにつらそうな様子なのでガイドが体温計を貸してくれた。で、体温を計ってみたらなんと39度!娘も38.5度の熱がある。慌てて休憩所で濡らしてきたタオルを額にあてるが気のせい程度しか効果無し。取りあえず解熱剤を飲んで寝ていたら、後ろの方にいた人が緊急用の冷却剤を持っていたのでそれで頭を冷やしてもらった。

 アグラへあと40キロというところでファーティプル・スィークリーという古代都市の跡へ到着。外は45度を越える猛暑だ、私は熱もあってとても見学できる状態ではないので、そのままバスの中で待機することにした。運転手も客室の方へ涼みにやってきたが私が残っているので後ろの座席の方へ行った。ぼんやりと眺めているとバスの向こう約20m位の所のチャイ売りがやってきた。バスのアシスタントの若い男が窓を開けて何やら身ぶり手振りをしているとチャイ売りの男が粗末な素焼きの器にチャイを入れて持ってきた。こんな所のチャイはどんな味がするのだろうかと興味津々だったが、生温くなってしまったミネラルウオーターで喉を湿して我慢する。

とうとう、インドで医者の世話になる

 午後2時頃、意識朦朧のままバスはアグラのホテルへ到着した。ホテルはアグラでも大きいムガルシェラトンホテル。これまた立派なホテルだ。とにかく部屋へたどり着かなければ休むこともできない。体に鞭打ってなんとかホテルへ入る。入り口の所ではインド人の女性が歓迎の印に全員の額に何かを付けている。取りあえず無視して横を通り過ぎようとすると”ジャスト・モーメント”と言って制止される。が、ガイドがヒンディー語で何か言って通してもらった。すぐに、遅い昼食とのことだったが、とても食事を出来る状態ではない。急ぎでチェックインしてもらい部屋へ急行する。初めて1階の部屋だ、すぐにケースからパジャマを出して着替えさせ、ベッドへ送り込んで寝かせた。自分も汗をかいたTシャツを着替えてベッドへ入る。午後は大理石工場への見学(と案内しておいて実はみやげ物屋)が有るはずだが、明日は今回の旅行のハイライト”タージ・マハール”の観光がある。それが終わるとまたバスで200キロの道のりをデリーへ戻らなければ帰国できない。こんな所で死んでたまるか!...そもそも工場見学なんか出来る気力も体力も到底なかった。

 ふっと目を覚ますと、もう夕方6時だった。いくらか寝たせいでやや熱も下がり37度になった。娘の体温を計る、まだ下がっていない。38度をやや越えている、このままではまずい。添乗員とガイドは例の大理石工場へ観光案内に行っていて、まだ戻っていない。やむを得ずフロントへ電話をかけて医者を呼んでもらうことにする。待つこと10数分、ガイドと添乗員が血相を変えてやってきた。「医者を呼んだのですか?」「ええ、娘の熱が下がらないので...」 現地ガイドが「フロントへ確認に行って来ます」と言って部屋を出た。しばらくして「25分位かかるそうです」と報告してくれた。医者は年輩の大男で、若い男の助手を連れてきた。まず、娘を診察してもらう。やっぱりどこの国でも体温の測定からだ。体温はなんと39度5分もあった。次に血圧を計る、これは正常。それから質問に移る。一通り「日に当たったかとか下痢、嘔吐があったかなど型通りの質問がある。日射病を疑っているのだろう。喉の痛みを訴える、どうやらバスのエアコンにあたりすぎて風邪をひいたらしい。医者はしきりに「インジェクション、インジェクション」と言っている。助手がなにやら注射の用意をしている。そうか注射を打ってくれるのだ。なんと体をひっくり返してお尻に注射を打たれた。

 ついでだから私も診察してもらうことにする。私は昨夜からの下痢の事を話すと、やっぱりお尻に注射だった。得体の知れぬ毒々しいオレンジ色の馬鹿でかい錠剤と脱水症状を防止するためのアイソトニックドリンクの粉末を水に溶かして水代わりに飲むように指示する。

インドの医者のくれた薬 馬鹿でかい錠剤!

 医者はオレンジ色の錠剤を指さしながら「朝、晩、朝、晩、朝、晩」カプセルは「朝、朝、朝、朝」小さい錠剤は「ワン下痢、ワン、ノー下痢ノー」と日本語で教えてくれた、わかりやすい。やはり日本人の患者も多いと見える。診察代は二人合わせて1500ルピー。日本円で考えると意外と安い、しかし公務員の給料が4〜5000ルピーということを考えると無茶苦茶な値段なのだろうなあ。保険に入っていて良かった。アメリカだったらとんでも無い請求が来るんだろうな。明日の夕方には帰国の飛行機だ、だるい体で一通り荷物を整理して準備する。そして早く寝た。

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