大和田茂ちゃんのインド旅行記

 (アグラ・タージマハール)

五日目・アグラ/タージマハール

 5時半に目が覚めた。熱はすっかり下がってすこぶる体調はいい。娘の体温を計ってみると36.8度とほぼ平熱だ。いくらか元気も出てきた。時間ぎりぎりまでベッドで休む。7時半、早い時間だが日が高くなると暑くなってしまうのでバスでタージ・マハールへと向かう。早朝とあってまだ涼しい、バスの運転手はサービスのつもりなのだろうがエアコンがガンガン効いている。寒すぎるので切ってもらうことにした。そこで、はたと気が付いた。あのより合わされた太くて赤いケーブルはエアコンのスイッチだったのだ。動けばノープロブレム。う〜む、いかにもインド式、あらためて感激。このバスにはエアコン専用のもう一つのエンジンがついているのだった。

 タージ・マハールの入り口に着いた。今日は金曜日、我々の日曜日に当たる。で、入場料は無料だ。しかし、純白の大理石のタージ・マハールの付近はディーゼルエンジンの車(もちろんバスも)は汚染防止のために近くまで行くことが出来ない。500m程離れたところでバスを下りて鉄の格子の門をくぐって歩いていく。インド人の観光客も多い、綺麗に舗装された道を歩いていくと遠くにタージ・マハールの天辺が木立の間からちらちらと見えてくる。アグラは今まで訪れた都市の中では抜群に緑が多い。

タージ・マハールの門 ご立派!

 やがてタージ・マハールの門の所へたどり着いた。門といっても、この門だけでも観光名所になりそうな位立派な石造りの大きな門である。正面は出口専用となっており横の小さな入り口の方から入る。タージ・マハールの中では物を食べることは禁止されてる。入り口で食べ物を持っているかどうかチェックされる。私は水筒だけしか持っていなかったが、バッグ類を持っている人達はバッグの中身までしっかり点検されていた。

 門をくぐると、はるか向こうに優雅な姿のタージ・マハールが見えた。写真では何度も見ているものの実物は素晴らしい。はるばるここまでやってきた甲斐がある。タージ・マハールの回りには4本の塔があるがこれは少し外側に傾けて建ててあるそうだ。確かに肉眼で見てもやや傾斜している。インドには地震はほとんど無いが、万が一地震が起きたときに外側に倒れて建物そのものの損害をくい止めるように設計されているそうだ。あらためてインド人の知恵に驚く。しばし、解説を聞きながら思い思いに写真等を撮る。

 さらに、歩いていよいよタージ・マハールへ近づく。そばによるとさらに大きく感じる。タージ・マハールへは裸足でなければ入れない。階段の手前でサンダルを脱ぐ。タージ・マハールの基壇の上は写真から想像するよりもはるかに広い、ちりひとつ落ちていない真っ白な大理石の上を裸足で歩くのはとても気持ちがいい。いよいよ内部に入る、中は更に小部屋があって石の棺が置いてあった。実際には建物の地下に埋葬されておりこれは仮の棺である。男が小部屋の入り口にいた。小さな黄色い花を渡された、献花しろという意味らしい。手にしたざるには100ルピー札や50ルピー札が入っている。どうせこれは見せ金だ、これしかないと言って丁度ポケットに入っていた1ルピーと2ルピーのコインを入れた。この小部屋も大理石で出来ているが外側の壁には花模様の装飾がしてある。その花の柄はわずか数センチ四方の所へ60個から200個位の半貴石を象眼して作られた物で非常に緻密な細工がなされていた。

  

  ひとまず外へ出て、タージ・マハールの後ろの方へ行ってみる。タージ・マハールは全体が左右対称になっていて後方も広い。後ろの方はお情け程度の塀、高さ約50センチがあるだけでなにも危険防止策は施されていない。落ちたい人は勝手に行きなさいという感じ。裏手は川になっていて見晴らしが良い。ここからは愛する后のためにこのタージ・マハールを作った王が晩年幽閉されていたアグラ城が見える。予定ではこの川の向こう岸に黒大理石のタージ・マハールを作ることになっていたのだ。ちなみにタージ・マハールとはその后ムムタール・マハールの名前に由来すると言われている。言ってみれば后の名前そのままなのだ。帰りに靴の番人に5ルピー取られた。観光客の数を考えたらなかなか良い商売だ。タージ・マハールからは電気自動車(といっても小型のバス)で我々のバスの所まで帰る。今度は正門を出てバスに乗る、いかにもなんでもありありのインドらしい小型電気バスだ。またまた助手席に陣取る、街の中の風景もようやく見慣れてきた。

工事中の建物 足場は竹

 ホテルへ戻ったところで朝食だ、昨夜からの熱も下がったので、私は軽くヨーグルトやパン等を食べる。カレーはとても食べる気になれない。娘もあまり食欲が無さそうだったがヨーグルトをやっと食べさせる。あとはデリー空港から飛行機に乗ってしまえばこの旅も終わりだ。しかしデリーまではまた悪路を200キロも走らなければならない。バスの中は例によってガンガンにエアコンが効いている。頭上の吹き出し口にセロテープと紙で半分目張りをして直に当たらないようにする。アグラ〜デリーの街道は今までの道路と比べて比較的緑が多いようだ。途中で駱駝の大群にも出会った。象も歩いていた。正面衝突したばかりのトラック、道路を踏み外して路肩から落ちて立ち往生しているトラック、煉瓦を焼く工場もたくさんあった。その煉瓦を山積みしたままパンクして片側だけジャッキで支えられ、誰もいない荷車。はては3輪自転車に長さが5m、太さが10センチもあろうかという鉄のパイプを3本も積んで押していく男、もちろんまっすぐには積めないので左右に大幅にはみ出している。実にいろんな物が街道を走っている。途中のトイレ休憩も済み、だんだんとデリーへ近づく。

     

街道筋の風景

        
 デリーでは、いま地下鉄の工事が行われている。下水の工事も行われている、路上には直径1m位のコンクリートの管が並べられている。いったい、いつになったら使われるのかわからないくらいに昔から並べられている感じだ。やがて工事をしている場所にさしかかった、道路の端に溝が掘られ例の管を埋めて行くらしい。その穴もいつ掘ったのか皆目検討がつかない。大型土木機械もあるがろくにうごいていない、それどころか働いている人がいない。そうか、今日は金曜日だ。インドでは時間がゆっくり流れるのだなあ、バスや車が通ると非常に細かい土煙がもうもうと立ちこめる。前が殆ど見えなくなるくらいだ、コンクリート管の中には時々人が寝ているものもある。生活廃材がたまっていて人が住んでいるようにも見える管がある、実にインドだ。そうこうしているうちにあの喧噪の中へとバスは進んでいく、臭い!....そう、デリーの空港を出てすぐに感じたあの臭い、これはまさしくデリーの臭い。ようやくデリーへ帰ってきた。たった数日だが、なつかしい。

 デリーの喧噪は本当にすさまじい。多分、デリー市内だけでも一日何人も交通事故死者が出ているのだろうなあ。インド最後の食事はデリー市内のレストランだった、レストランの前に横付けされたバスから下りると自転車が、立木に太い鎖でつないであった。しげしげと見つめていたら持ち主らしい男が現れて一通り自慢話(らしい)を聞かされた。子供連れのサリーを着た女乞食がうるさいのでレストランへ逃げ込む。たった一人にでもお金を上げることは出来ない、際限なく乞食が集まってきてしまう。このレストランははごく普通のインド人達が入る店だ。ここでもとうとうカレーを食べることになるらしい。一行の中にはお腹の具合の悪い人が何人もいるのでガイドが気を使ってお粥を頼んでくれた。インディカ米のお粥だ、それにも黄色い色がついている。味は無い、皿に取ったカレーと混ぜて食べてみる。うまい!しかし、お腹の方はまだ本調子ではない、お腹に負担にならない程度に食べた。隣のテーブルにいるインド人の二人連れが食べているところをのぞき見する、なるほど生まれたときから手で食べている彼らは本当に上手だ。ナンをちぎってVの字型にし、これでカレーをすくうようにして口へ運ぶ。ライスを食べるときはさすがにスプーンを使っている。インドへ着いたときに最初にこういう店へ連れてきてくれればいいのに、いまさら遅い...。飛行機の出発時間はまだまだ先だ、ゆっくりと食事を楽しむ。後はもうデリーの空港へ直行だ。

 空港の入り口で数日間を共に過ごしたバスの運転手や現地ガイドと別れを告げる。いよいよインドとおさらばだ、今度来るときには少なくとも1ヶ月位は滞在したいなんて勝手に思う。インドの空港はかなりセキュリティが厳しい、スーツケースも先にセキュリティチェックを受けないと中へ入れない。慌てて不要な物をケースにしまう。手荷物もすべてにカードを付けなければ機内に持ち込むことができない。免税店でみやげを買ったときのために一枚余分にもらっておく。以前は非常に厳しく、いちいちケースを開けて隅々までしらべられたそうだが空港職員による賄賂請求が堂々とまかり通って評判がわるかったので、かなり緩くなったらしい。それでも係員によるボディチェックもあった。ようやく空港に入る、あとは自分の搭乗する飛行機に乗るだけだ。免税店でおみやげを買おうと覗いてみるがインドの酒は在庫が無かった。残念無念、ピッコロネットの面々への私の帰国祝賀会のおみやげが無い!取りあえずインドのタバコだけ入手。いろいろ他にも書きたいことがあるけど、もう随分紙面(画面?)を消費した。このあたりで私のインド旅行記を終えたい。

追記 帰国後、数日してから保健所より電話が入った。一緒にインドへ行った方達の中から下痢が止まらず入院した人が出たそうだ。”コレラの疑いがある”とのことで検便依頼の通知だった。もう潜伏期間は過ぎていたが一応検査してもらった、結果は白だった。最後まで、おまけつきのインド旅行でした。

インドへ観光旅行に行く方へのアドバイス

1、持参した方がいいと思う物
 緊急用の熱冷まし 沈痛、解熱剤 風邪薬 目薬 濡れティッシュ ゲーターレード等の安全に飲める飲料 香取線香 虫避けスプレー イソジンうがい薬 サマーセーターまたはフリース毛布 帽子 サングラス等

2、観光地でのみやげ物売りが、ものすごくしつこい。バスに乗ってしまい、出発寸前に買うと値切れる

3、バスでつれていかれる倉庫みたいなみやげ物屋は高い、市価の10倍位で売っている。でも、パッケージツアーではこういう店でしか買い物は出来ないと思って下さい。日本へ持って帰れば十分に安い、金持ちは多少はお金を使うべき。(インドじゃ日本人は誰でも金持ち)これがインド式。

4、水と安全は只ではない。水には十分注意すべし、子供が持ってくるミネラルウオーターは蓋がしてあってもアブナイ。当然、生水(ホテルの水道水も)は飲めない。うがいの後もミネラルウオーターで口をすすぐ。どうしても生水を飲まなければならない場合はコップ一杯にイソジン数滴をたらしてしばらく置き、消毒してから飲む。ものすごくまずいけど死ぬよりはましだとか..

5、コレラは十分に注意していれば大丈夫、ただしマラリアは恐い。

6、バスで移動中はイソジンでうがいできないのでスプレー式の物などがあればベター

7、夜は絶対にホテルから出ては行けない。(慣れないうちは昼も)

、インドはパッケージ旅行じゃ駄目だなんて言う通の人もいるけど、行かなきゃ始まらない、取りあえずパッケージで行こう...


   思いつくまま書いたが、後は本人次第というところ...

 インドは汚いけど凄い国だ、国全体がゆっくりと動いている。日本がスペースシャトルなんか研究している間に、インド人は人力で月まで行ってしまうのではないかと思うほどエネルギッシュでバイタリティのある民族だ。日本人はすべからくインドへ行ってみるべきだ。今の日本人、特に若い人達にインドを見せてやりたい。そして彼らと自分の置かれた立場をよく考えていかに自分たちが恵まれているかをその目で確認してきて欲しい。私の娘はインドへ行くときになんの予備知識もなかった。多分、ハワイにでも行くようなつもりでついてきたのであろう。彼女のインド旅行の感想は「日本の子供は幸せだあ〜....」これがわかっただけでもいい勉強になった。少々刺激が強すぎたかも知れないが、連れていって良かったと私は思う。もう少ししたら時期を見て長男と次男を連れて、もう一度インドへ行ってみたい。その時はどなたか、お暇でしたらご一緒しませんか?

 1998年 6月20日  大和田茂 記す

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