5. 3月16日 マトマタ〜スース 

 早朝、夜明け前に目が覚めた。旅もいよいよ後半に突入する。いつも思うのだが、旅の後半はあっという間に終わってしまう。なんとなく寂しい、このまま永久に旅が続いて欲しいなんていう感慨に浸る。外はまだ暗いが、熟睡したおかげで疲れはすっかり取れた。充電の終わったパソコンをバッグに入れ、出発の準備をする、衣類も少なくなってきたので荷物も小さくなってきた。パソコンは寝る前にその日の日記を書こうと思って持って来たが、毎晩酒(ワイン)ばっかり飲んでいるのでなんにも書けない。写真のバックアップに使うだけなら、メモリーカードを買った方が安上がりだったなあ。いくらか明るくなってきたので、カメラ片手に外へ出てみる、さすがに内陸の早朝、結構寒い。間もなく東の空から日が昇りそうだ。周辺360度の風景をカメラに収め、記念にその場の石を何個か拾う、“映画スターウオーズのロケ地マトマタの石”だ。

 朝食はゆで卵、ヨーグルト、パン、紅茶のみのフレンチスタイル、実に質素だ。後でMさんに聞くところ、このホテルの宿泊費なんと一泊10D!何もしないで、のんびりするだけだったら最高にいいなあ!付近の植生は、名前も知らぬ奇妙な植物ばかりだ、これで生きているのかと思うほどカサカサに乾燥した植物や、葉が棘のように変化してしまった物、緑色の部分がごくわずかにある多肉植物の一種など、数種類が観察できた。いずれも、乾燥地に適応して必死に永らえてきた植物なんだろうね。

朝食は実に質素

奇妙な植物

 バスはマトマタの町中を貫く道路を走る。だが、どこが町の中心なのかさっぱりわからない。多分、映画の撮影で有名になった後、作られたのだろうと思われる観光名所?に停車する。ただただ、丘の上に白いコンクリートで作られた“MATMATA”の文字を植え込んだだけの所だ。まあ、小高くなっているので見晴らしは良い。誰一人いないし、土産物屋もトイレも、なんにもない、無い無いずくしの観光名所? 笑っちゃうような名所だ。道路の両側は、相変わらずでこぼこの、似たような地形が続くが、所々にベルベル人の穴蔵住居が散見される。敵の目から逃れるためと、夏の暑さを避けるために地面に穴を掘り、そこに暮らしている。横穴の前には植物を植えて、遠目からは入り口が解らないようにカモフラージュしてあったそうだ。まばらに張り巡らされた電柱からお情けで付けたような、小さな変圧器を経て、頼りない電線が、ほぞぼそと伸びている。その先には住居があるというわけだ。

素晴らしい眺めに思わず笑顔が...

笑っちゃうような何もない観光地(失礼!)

 自宅を観光客に公開しているというベルベル人の老婆の住む穴蔵住居を見学させてもらった。80歳位に見えるその老婆に“アナ・ヤバーニ。イッスミー・オーワダ・・・・”(私は日本からきたオオワダです。お会いできて光栄です。の意)と話したのだが、そのベルベル人はアラビア語を解するのかどうか、何も通じてはいないように見受けた。しかし、日本から持参したチョコレートをプレゼントすると“チョコレート、チョコレート!”と喜んでくれた。住居の構造は、こんもりと盛り上がった丘の側面から横穴を掘り、丘の頂点のあたりから、下方へ大きく井戸のように掘り抜いた底の部分の周りに、放射状に洞穴を掘って、ここが住居になっている。うまく表現できないが、縦穴の底の部分が中庭みたいになっている。外敵と夏の暑さを逃れるために作られたそうだ。

 居住部分は、壁が白く塗られシンプルな構造だが、電気も引かれ快適そうだ。穴蔵住居でも、ちゃんとテレビが設置されている世帯もあるようだ。何もない(様に見える)荒野の中に電線だけが伸びている。中国の奥地にもこんな住居があるという話を何かで読んだことがある。

ここに住んでいるファティマさん

ベルベル人の穴蔵住居

 バスは荒涼たるマトマタの高地から海岸地帯へと下る。トイレ休憩に道路脇の小さなカフェに立ち寄る。旅行者のためのドライブインではないので、トイレチップ代わりにそれぞれ、ミントティや、水など買い物をする。店の裏手は鉄道の線路。一日に5本程度の列車が通っているそうだ、地平線の彼方まで伸びた線路は、潔いほど真っ直ぐだ。線路上には、架線も信号機も見あたらない。我々のバスの横に長距離トラックが停車している。運転手と助手は我々一行を物珍しそうに見ている。イスラムの国では表を歩いている女性が珍しいのだろう、一行の若い女性たちがバスの中に戻ってしまうと、名残惜しげに走り去った。

見事なまでにまっすぐに伸びた線路

 今宵の宿は、地中海沿岸の高級リゾート地スースだ。といっても実際に宿泊するのはスースよりやや北よりのポートエル・カンタウェイと言うところ。ホテルへ入る前に自由行動時間をもらった。さすがに高級リゾート地だけあって、大型バスを駐車する場所がなかなかみつからない。それでもなんとかバスを降りると、一同ぞろぞろとポートの方へ向かって歩く。外国人が多い、地元の人は革ジャンパーを着ている人までいるというのに、彼らは半袖・ショートパンツ姿だ。私だってフリースのジャケット着用なのに 。どこへ行っても思うけど、ドイツ人の皮膚感覚って全然違うよなあ。なにしろ、気温が28度を超えると、仕事が休みになっちゃうお国柄だしね。一行、港までやってくると、バスへの集合時間を言い渡されて解散する。私はMさんと港の南の方へ行ってみることにした。港にはたくさんのヨットが繋留されており、さすがと思わせる。しかも、どれも大きい。カタマラン船(双胴の船)まであった。いったいいくら位するのか見当もつかない。どうみたって数千万円、へたすりゃ一億円以上って感じ...。かなう物ならあんな船に乗って世界のリゾート地を回る優雅な生活をしてみたいものだ。現実はそんなに甘い物じゃない。Mさん曰く、“こんなヨットで旅に連れて行ってくれる、どこかの大金持ちの所へでもお嫁に行きたい...。”そりゃあ、彼女のような素敵な方なら、いくらでも嫁に欲しいという人はいるだろうけど、少なくとも私の周囲には紹介できるような人はいない。

 

 やがて、港の先端にたどりついた。そこは、地元の小さな漁船が繋留されている、ちっぽけな波止場だ。最先端の所には小さな灯台がある。久しぶりに見る海、それも地中海だ。岩場に降りてちょっぴり地中海の水に触れてみる。“海なんていつでも行ける”というほど海の近くに住んでいる私には、さしたる感動もない。今度は歩いてきた道を戻って港の北側へ行ってみた。観光用の潜水艦などが繋留されている。こちら側は土産物屋も多く、観光客も、大勢歩いている。一番はずれの方にはダイビングショップもあった。なんとMさんは、自分では用具は持っていないが、ダイビングをされるそうだ。“面白いですよ〜”って言われても、もう、これ以上趣味増やしたらまずいしな〜。その先はドックなどのメンテナンス用エリアになっていた。そろそろ、集合時間となる。のんびり歩きながらバスへと戻る。

 

地中海

 ポートエル・カンタウェイまでは、ほんの数キロ。今夜の宿は(チュニジアでは)初めて止まる五つ星のアブナワス・ディアル・エル・アンダースホテル。海沿いの超豪華ホテルだ。部屋は一階、ベランダの外は、お花畑。部屋にはなんとテレビや冷蔵庫まである。さすが五つ星(あくまでチュニジアの)、お湯もしっかり出てくれた。今夜はゆっくり風呂に入れるぞ。夕食後、ホテルのラウンジで民族音楽のショーがあると聞いて、部屋へ戻る前にMさん、Wさんと一緒に立ち寄ってみる。すでに顔なじみの方が何人か座っていた。飲み物には、せっかくチュニジアまでやってきて、今まで飲んだことのない特産のお酒、“ティヴァリン”と“ブッハ”を試してみる。ティヴァリンはナツメヤシのリキュール、ブッハはイチジクの蒸留酒だ。ティヴァリンを試す、茶っぽい色の甘いリキュールでさほどアルコール度数は強くはない。おおむね15〜6%程度。軽いアペリティフという感じ。地元ではエスプレッソなどにたらして香りづけに使ったりするそうだ。ブッハはやはりスピリッツ、度数も高く30〜40度位ありそうだ。無色透明のウオッカみたいな酒で、特に変な癖はない。最近、癖のある中国の白酒を飲みつけちゃったので、特に強すぎるとか飲みにくいと言うこともなくすんなり飲めてしまった。話の種に飲むなら良いけど買って帰るほどじゃあないなあ。やがて、民族音楽を聴かせてくれるという演奏家がやってきて演奏を始めたが、“ご免なさい”夕食のワインと、今のリキュールですっかり酔っぱらって、ろくに演奏も聴かずに、居合わせた今回の旅仲間との話にのめり込んじゃって、何を聞いたのかよく覚えていない。

 

 気がつくと、32歳独身、一人旅の男性Wさんが、現地のうら若い女性の隣に座ってなにやら盛り上がっている。後ろからMさんと見ていて“彼もなかなかやるねえ...”なんて話していたら、その彼、こちらへ戻ってきてこう宣う。“おおわださん、俺、やばいっす。部屋へ帰りたい。一緒に帰ってください”

“え〜っ!なんのこっちゃ?”と思ったら、彼は“彼女、売春婦ですよ〜。俺の部屋の番号聞かれて困ってるんです。このまま一人で帰ったら、ついてこられちゃうかもしれな〜い”だって....。本気で、“このままだと、俺、明日の朝。海に死体で浮かんでいるかも知れない”まさか!でも、彼があまりにも真面目にそういうので、連れだって部屋へ帰ることにした。この国はホモの多い国、わざとらしく彼と手をつないで廊下を踊りながら部屋へ向かった。ところが、フロントの前のソファーの所で雑談をしていた添乗員と現地ガイドに見つかってしまった。“いったい何をしているの?”はは、そりゃあ、あたりまえだわな。大の男が手をつないでステップ踏みながら歩いてくれば....。 事情を説明しながら雑談に加わる。現地のガイドは日本人ツアー客が、あまりにも“添乗員、添乗員”と添乗員にばっかり頼り切って、自分でやるべき事も(出来ること)も全て添乗員任せにして平気でいることに疑問を持っているらしい。たしかにそういうところがある。曰く、“トイレットペーパーが無い”とかレストランで飲み物を注文する場合とか、いちいち添乗員を通して頼む。“そんなことぐらい自分でやれよ”っていうのが現地ガイドの言い分だった。まあ、彼女も43人を相手に本当にご苦労さんだが、日本人ってそんなこと平気なんだよね。そんなこんな、いろいろな添乗での苦労話を聞かされると、この仕事も楽しいだろうけど、つくづく大変な仕事だなあと感じた。>ご苦労様(Hさん)

  旅も終わりに近づき、荷物も減ってきたが、代わりにマトマタで拾った石とかショット・エル・ジョリドの岩塩など、重いものが増えた。差し引き、若干+かな..

この日の走行 約300キロ

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