1. 1月15〜16日 イスタンブールは遠かった.

 今回のツアーは格安ツアーのためか、マレーシア航空だ。おまけに添乗員もついていない。時差の計算もろくにしていな かった。トランジットがあんなにあるなんて新聞広告にも書いてなかった。  何はともあれ日立を発つこと午前5時、今回は旅行会社が送迎のバスを用意しているので成田まではす〜いすい。  だけど、イスタンブールの空港についたのは翌日の朝8時半...  ただし、これは現地時間。実は時差が7時間程あって日本では午後2時半...  つまり、約36時間もかかったのだ。  日本を発ったマレーシア航空MHー71便は途中でペナン島に立ちより、燃料補給。

ペナンからは国内線となり、クアラルンプールに着陸。ここまで来るのに、夕方までかかったのに、今度はここからエアバス A330に乗り換えだ。待ち合わせが6時間もあり、お腹も空いたので、空港のジャングルカフェでアメリカンハンバーグ。厚み が10センチもあるアメリカサイズ、一個でお腹いっぱいだ。シャトル電車で向こう側のサテライトに行ってみる。綺麗な免税店がたくさんあって覗いてみるだけでもなかなか楽しい。次にドバイでも燃料補給のため着陸。いったい、ドバイってどこ?  またまたトランジットカードをもらって、再び空港の待合い室。ドバイの空港はアラビア文字がいっぱい。ふむふむアラブ首長 国連合か。なるほど、こんな所へ来たのは初めてだ。 暇つぶしに免税店へ行ってみる。免税店の入り口の所にはベンツ、BMW等の高級車が並んでいる。なにやらアクリルのケース があって、中に文字の書いてある紙が入っていた。何々?ここで買い物をすると、この車が抽選で当たるらしい。さすが金持ちの多いアラブ。

 

 1月16日 イスタンブール

 ドバイの空港では飛行機が準備に手間取って出発が1時間も遅れた。しかし、ドバイからは順調に飛行を続け、”ようやく” という感じでイスタンブールに到着した。機が徐々に高度を下げ、雲の下側に出たときイスタンブールの町並みが遥か遠くに見えてきた。 とうとうあこがれのイスタンブールだ。”イスタンブール”なんとエキゾチックな響きだろうか。”飛んでイスタンブール”なんて いう歌がどこかにあったが、今回は”飛んで、飛んで、飛んで、飛んでイスタンブール”。

 上空から見える海が穏やかでとても綺麗。空港では機内預け荷物の受け取りに若干時間がかかったが入国審査も比較的簡単で 、あっけなく入国することが出来た。 飛行機が遅れたのと荷物の受け取りにやや時間がかかったので、現地時間では10時近くになっていた。 税関を出たところで現地のガイドさんや、今回のツアーをご一緒する方達と初めて顔を会わせた。現地のガイドはファリエさんとい う中年のすらりとして背の高い素敵な女性だった。

 まずは、全員が揃う前に銀行で両替をする。トルコはインフレがひどく、日程表を作った去年の10月よりもはるかにTL(トルコ リラ)安になっていて100ドルが3200万Tになって戻ってきた。 あまりの桁数の多さに、これからしばらく戸惑いそうだ。よく計算してみると1円が2800TL位だ... 。バスは25人乗りのマイクロバスだが、乗り心地も程度もインドのバスよりはいくらか良い。これなら心配はなさそう(かな?)。 そうか、インドのバスがあまりにもひどすぎたのか... 早速、市内の観光に出かける。バスはケネディ通り(と思われる)大通りを旧市街の方へ進む。右側に海が見える。ボスフォラス海峡だ、たくさんの船が浮かんでいる。イスタンブールの街は通称”七つの丘の街”と呼ばれ、 街がそれぞれ七つ丘の上に作られている。大きく分けて、アジア側とボスフォラス海峡を隔てたヨーロッパ側に別れる。 そのまたヨーロッパ側は金角湾というまさに角の形の湾によって新市街と旧市街に隔てられ、ガラタ橋とアタチュルク橋の二つの橋で 結ばれている我々が向かっている旧市街は全体が半島状になっていて、街全体が海の方へ付き出している。中央部が高く盛りあがって 丘になっているので坂が多い街だ。

注 アジア側とヨーロッパ側はボスフォラス大橋によって結ばれている 


トプカピ宮殿

 

 今日の観光は、有名なトプカピ宮殿からだ。ガイドさんが入場料をまとめて払う。 入場券が各自2枚づつ来た。ガイドが”料金が先週の2倍になってしまったので”と説明する。券の印刷が間に合わないので2枚来るわけ... 改めてトルコのインフレの激しさを感じる。初めから金額を印刷しないでおけばいいのに。トプカピ宮殿は現在、博物館となってオスマン トルコ時代の宝物が数多く展示されている。最初に中国から来た陶器や日本の有田焼きを見る。陶器にはさほど興味がないので感激するというほどの物ではなかった。 でも展示されている器はどれもこれも、これでもかというほどでかい。展示室の建物は元厨房で、数千人分もの料理を供する事 が出来たという。しかし、さすがの私も次の宝物室の展示物には驚いた。一体、エメラルドというものが、こんなに大きくなれ るものなのかと目を疑うほど巨大なエメラルドのペンダント。また、3個の巨大なエメラルドのはめ込まれた短剣。86カラッ トのダイヤ、その他まるでアラビアンナイトにでも出て来るような多数の宝石をふんだんに使った調度品、アクセサリーがずら りと並び存分に目を楽しませてくれた。特にエメラルドのペンダントは、大きさが湯飲み茶碗ほどもある六角柱状でその巨大さ は目を見張るばかり。 金額にすれば一体幾らになるのか想像もつかない。ヒスイから削り出された直径30センチ余りの鉢も非の打ち所がない程素晴 らしい。その他、数々の黄金の装飾をほどこされた家具や丁度のおびただしい数には圧倒される。あまりのものすごさに呆れる ほどだ。

しかも、そのようなものすごい宝が、さして厳重とは思えない展示室にさりげなく置かれているのがなんとも不思議な くらい。あとで聞いたら監視カメラはついているそうだ。往時の華麗さは、さぞや素晴らしかったのだろう。宮殿の庭には日本 にもある木々や植物が生えていて親しみを感じた。昼食は宮殿の敷地内にあるレストランだった。いよいよトルコ料理が食べら れる! 店は宮殿の敷地の東側のボスフォラス海峡を見下ろす風光明媚な所にあった。手前が一般客用、奥の方が団体客用に仕切られて いた。団体客室の入り口の所には青い目玉をかたどったトルコのお守り(ナザール・ボンジュ)がぶら下がっていた。予約され ていたテーブルには既にサラダの皿が並んでおりました。サラダは赤キャベツ、レタス、ニンジンをかなり細かく千切りに刻ん だ物とトマトのスライスだ。 それに薄く縦に切ったきゅうり、とうがらしが載っていた。それぞれ好みで飲み物を別に注文する、私はアイラン(トルコ風の ヨーグルト)と食後のチャイを頼んだ。最初に出てきたのはチーズとコーンの入ったパイだ、各テーブルにはパンのかごが来た。 パイを試す。まあ、こいつは中に少しチーズが入っているだけで普通だ。 アイランをいく...うん、おいしい。やや、酸味と塩気のあるヨーグルトだ。メインディッシュはトルコ名物のケバブだそうだ。だが、想像していたものと違う。ガイドさんは普通のケバブ(羊肉)を頼んだのに、レストランの方で日本人客は羊を食べずに 残してしまう客が多いので、わざわざチキンに変えたらしい... もう!余計なことしないで欲しいなあ。せっかくトルコに来ているのだから... つけあわせには味のついたライス(ピラウと呼ばれるピラフ)。クリーム状に練ったポテト。それにうすい緑色の唐辛子。 唐辛子は煮てあるのか?さほど辛くはないので少しづつかじって食べる。ポテトはライスと混ぜて試す、まずくはない。ライス はぱさぱさしてはいるがうまい。テーブルの斜め向かいの同行の男性がワインを薦めてくれた。(運送会社の社長らしい)白だが すっきりとしてうまい。チャイといってもインドのチャイと違ってミルクは入っていない。付いてきた角砂糖を1個加えて飲んでみる。実にうまい、 なんだかこの国が好きになりそうだ。地元の人たちは角砂糖を囓りながら飲むみたいだ。まねしてみるとこれがまた良い。


 アヤソフィア大聖堂          

 昼食のあとは、また市内観光。今度はアヤソフィア大聖堂、非常に古い建物なので外観はかなり傷んでいる感じだ。修復のための 足場が外から見える。とても立派な建物だ。 創建はなんと、ビザンチン帝国時代の紀元537年! 後にオスマントルコのメフメット2世がモスクに改装した。そのため元からあったキリスト教関係のモザイクは漆喰で塗り込まれて しまった。イスラム教では偶像崇拝が禁じられている。そのためイスラム勢力が支配すると偶像や壁画の顔の部分が破壊されたり塗 り込められたりしてしまうのだ。現在はトルコ共和国建国の父と呼ばれるアタテュルクが、ここを博物館とするために漆喰を剥がし た。で、その時に下のモザイクがかなり痛んでしまった。これほどの巨大な建物が2階建てとは信じられない。入場料は、ここも 先週の2倍の200万TL。2階へ上がる回廊は、サルタンが馬に乗ったまま通ったそうで恐ろしく天井が高い。 廊下は石畳で、でこぼこしていて歩きにくい。内部は薄暗いが、その巨大さに圧倒される。

 

キリストのモザイク↑(下部の痛みが激しい)

 2階の床も当然石畳だが部屋の真ん中が やや凹んでいたりして、崩れはしないかとやや怖い。 後で下の階から見てみたら天井はドームになっていた。中央ドームの天井は雨漏りの補修中で床から遥か彼方の天井まで足場が組ん であった。このドームの天井はなんと55mもある。 足場は下の方がつぶれてしまわないのが不思議と思えるほど高く、登っていくのが恐そう。でも、日本の工事現場で使っている足場 パイプよりはかなり丈夫そうなのが使われていた。パイプの途中にフランジがついていてワンタッチで筋交いが入れられる様になっ ている。

 
 

地下宮殿(地下貯水池)

 アヤソフィア見学の後、歩いて地下宮殿へ向かう。入り口は小さくて、知らなければ通りすぎてしまいそう。 階段を降りていくと、その地下には広大な空間があった。無数の柱が林立して天井を支えている。アヤソフィアもそうだったが、柱 の上部に隣の柱と結ぶ補強の棒が入っている。 これは後から付けられたそうだ。ここは、1500年も前に建設された宮殿で後に貯水池として使われていた。現在は下の方に少し だけ水があるだけだ。 今から15年ほど前に悪臭の元になっている水を抜いたところ、奥の方の柱の基部にメドウサの首のレリーフが発見された。回廊が作られて観光コースになっている。柱の真ん中辺りに元の水面の跡がついている。 回廊は橋になっているが、所々上から水が垂れていて濡れている。 濡れないように注意しながら歩いていくと、そこに巨大なメドウサの首が逆さにすえつけられていた。多分、最初に発見した人は その無気味さにさぞかし驚いた事と思う。このメドウサの首のレリーフの刻まれた石はどこか他の場所から石材として運ばれてきた 物だそうだ。 そういえば、300本以上もあるという石柱も途中種類の違う石がつないであったりしている。もちろん、どこかよそから運んできて使ったのだ。


ブルーモスク(スルタナーメットジャミイ)

 

 女性は髪の毛を出してはならず、スカーフをかぶる。

 6本の塔を持つイスラム寺院で、現在もモスクとして使われている。我々が訪れた日はまだラマザン(断食月)が空けておらず、熱心な信者 達がお祈りをしている時間だった。かなりの時間、入り口で待たされたあげく、靴を脱いで入る。無料で見学出来るとはいえ、現在も信仰の場なの だ。内部は男性のみが入れる部分と後方の女性専用部分に分かれており、絨毯が敷き詰められている。部屋の隅や柱の基部には木製の低いベンチ のような棚がある。 英語でここに座らないで下さいと注意書きがある。内部はブルーモスクという名前の所以となっている青を基調にしたタイルで被われた柱が立って いる。もう、お祈りの時間は終わってしまったのに熱心な信者達はまだお祈りを捧げている。建物の後方の一角では女性信者達がお祈りをしていた。

 


  

グランドバザール

 ブルーモスクを後にした我々は、バスでイスタンブール最大のバザール、グランドバザールへ向かう。細い急な坂道を縫うように 走ってバザールの近くの路上に駐車する。乗客は飛び降りるようにバスから降りる。後ろの車が抗議のクラクションを鳴らしている。グランドバザール は言ってみれば巨大なアーケード街みたいな物だ。

入り口には大きな扉がついていて、休日には扉が閉まってバザール全体が休みになる。天蓋の部分は 例によってドーム状になっていてこれが延々と続いている。グランドバザールのメインストリートは思ったよりも遥かに奇麗で高級品が多い。 特に目立つのは金製品の店だ。腕輪などは各デザインの物がサイズ別にずらりと並んでいた。その他、時計、宝石店など眩いばかりに輝いている。こんな店が延々と並んでいる光景は、まさに圧巻。ガイドの指示で、ひとまず待ち合せ場所を決めて自由行動となった。 私は4人程のグループでバザールの端まで歩いていった。表に出た所でわき道に入ってみる。こちらはさすがに横通りだけあって、少し生活臭の ある衣類やら靴、ベルト、革製品を売っていた。 そのままずんずん進むと店がまばらになってきた。バザールの端まで来てしまったようだ。右折して坂道を下る。売り子が何やかにやと、声をか けて来る。しかし、グランドバザールはいまや観光地化されてしまい一般の人達は買い物に来ない。私も何も買うつもりはない... メシャムのパイプを売っている店もたくさんある。覗いていたら声をかけられたのでとりあえず価格だけチェックする。 比較的安そうな物で40ドルだそうだ。ホントはいくらが妥当なのだろうか?あとでガイドに聞いてみよう。その他、土産に買って行こうと思っ ていたガラスのお守り(ナザール・ボンジュ)も色々な大きさやデザインの物がたくさんあった。価格は並みクラスのブレスレットで7ドル..... でも、これは絶対にもっと安く買えそう。横通りではバックギャモンなどのゲーム盤もあった。黒檀の箱に緻密な寄せ木細工を施したもので実に見事! しかし、買っていっても荷物になるばかりだろうな...最終日に時間があったら考えることにしよう。トルコ絨毯の店の前を通ると店員が馴れ馴れしく 声をかけてくる。曰く「見るだけOK。私の店、すぐそこです」 危ない危ない...迂闊についていったらどうなるかわからない。所々にジュースやチャイ、軽食を売っている店がある。チャイは10万TL、例の 実にチープな感じのチャイグラスに角砂糖が2個ついてくる。1時間程歩き回った。既に外が薄暗くなってきた。


 

 バスにて、今夜の宿プレジデント ホテルへ向かう。プレジデントホテルは旧市街の比較的便利なところあった。ホテルの前は急な坂になっていて左へ下ると海、右へ登るとイスタン ブール大学の前のイェニチェリレル通りへ出る。この通りには路面電車が走っていて駅が目の前だ。一駅隣には後で行こうと思っているハマム (トルコ式浴場)がある。一同、ホテルのロビーへ入って取りあえずホッとする。なにしろ30時間以上も飛行機に乗ってきた上、今日もそのまま 一日中観光してきたのだ。部屋割りが決まる。私は、今回この旅を一緒に過ごすKAご夫妻と3人部屋だ。エキストラベッドがまだ来ていない。 部屋は余り広くはない。エキストラベッドが来たらかなり窮屈そうだ。 取りあえず、お茶を一服してから食事に行く。お昼と同じ様な千切りのサラダ。メインディッシュはなんと、またまたチキン! しかも、ぱさぱさであまり旨くない。 ピラウ(ピラフ)は行ける。ワインもすっきりとした軽い赤でまあまあ。グループは自然に若手のグループと熟年のグループに別れる。私は本来ならば 熟年チームに入りそうだが、ご一緒しているKAご夫妻はまだ30代とお若いので若手グループと一緒になった。以後、旅の終わりまでこのパターンだった。 ゆっくり食事を楽しんだ後部屋へ帰る。まだベッドが来ていない。フロントへ電話して確認するがどうも腑に落ちない。どうやら、エキストラベッドはハウス キーパーの間違いで別な部屋に行ってしまったらしい。やっとベッドがやってきた。飛行機の疲れと、ようやくベッドで休めるという安心感もあってあっさり と10時過ぎに寝入ってしまった。


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目次

1

イスタンブール

2

チャナッカレ

3

 トロイ 

4

エフェソス

5

パムッカレ

6

カッパドキア

7

イスタンブール

8

帰国・番外編