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フェリーにてアジア側へ渡る
午後はチャナッカレへ向かうことになる。海辺に近いレストランで昼食を済ませ、ヨーロッパ側へ向かう。イスタンブール
郊外へ出たバスは高速道路を西へ進む。辺りはのどかな田園風景、なだらかな起伏のある丘陵地帯である。
トルコは非常に豊かな農業国だ
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緑が多くインドの風景
とはまるで違う...そんな風景が延々と続く。しかし、時折異常に土地の低いところがあったりして畑や住宅が水没しているところ
もあった。しばらく進むと高速道路を出て、一般道路へ出た。風景もさほど変化はないが、住宅はぽつりぽつりとあり、割とまんべん
なく人が住んでいるようだ。トイレ休憩のためにドライブインへ入った。トイレを済ませて店内に入ると、なにやら見慣れないお菓子類
やジュース等を売っている。奥の方にあった冷蔵庫に昨夜の”アイラン”らしき絵が書いてあったので冷蔵庫を開けて1個取り出す。
でも、箱の形が冷蔵庫に書いてある絵のように丸ではなく四角だった。牛の絵があるから多分そうだろうと思いこみ、もう一つ赤い
果物の絵の飲み物(缶ジュース)を買った。外へ出て四角の箱の飲料を飲んでみる。ありゃりゃ!こりゃ牛乳だ....しかも、冷蔵庫
に入っていたのに冷たくない。でも、日本を出てから牛乳飲んでないなあ。バスへ戻ってみると同行の人たちが、なにやらお菓子を
買ってきていて少しづつおすそわけを貰う。やっぱり結構甘め...マンゴーのジュースが回ってきた。こいつもやたら甘い!
私も缶ジュースの方を試してみる。どうやらさくらんぼかなんかのジュースみたいだ。でもこれは酸味があってさほど甘くはない..。
まあまあ正解、近くの席の方に回す。バスは相変わらず同じ様な道を進む。やがて日は傾き、日没が近くなってきた。
しかし、バスは緩い登り下りを繰り返すので、一度地平線に見えなくなった太陽がまた顔を出す。これを繰り返すこと数十回、
バスは海岸のすぐそばの道路へ出た。実に穏やかな海、これがエーゲ海。別荘地帯の街の前を通過する。 似たような作りの家々が
驚くほどたくさん並んでいる。集合住宅もみな同じ様な作りだ。各家の屋根には殆どと言っていいほど太陽熱温水器が載っている。
バスはもう300キロ程も走破してきた。 辺りが薄暗くなる5時半頃エジュアバトの街へ到着した。フェリーの出発まで30分ほど
だった。旅人達は思い思いにバッグを持ってあちこちに散っていく。 私はひとまずトイレを探しに通りを歩いて行った。トイレの
看板の所を横道に入る、あったあった。
エジュアバトのトイレ...チップは5万TL。
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バスの近くに戻ると何人かが海のそばの売店で何か食べていた。な〜るど...やっとケバブ(羊の肉を焼いた物)にありついたらしい。私はさほど腹も減っていなかったので遠慮した。旅の
最中に食べ過ぎてお腹をこわすのは非常につらい。 辺りはだんだん暗くなる。対岸からのフェリーが入港してきた。我々のバス
は先頭にいる。バスに乗り込み、そのままフェリーの客となった。対岸(アジア側)までは30分程だ。バスの中にいてもつまらないのでフェリーの客室へ行ってみる。客室は2階だ。船尾の方へ行ってみるとエジュアバトの港は
夕暮れに包まれて非常に神秘的な光景だった。思わずカメラを手にし、シャッターを切ったがこの暗さではどんなものか?....
でも 結構いい線行ってますよね。
客室には
同行の人たちや現地の人達が大勢いた。喫茶室を兼ねているらしく、ボーイ(というにはいささか年輩だが)が注文を取りに来た。
当然、チャイを頼む(トルコではコーヒーは高級品でチャイよりずっと高い)角砂糖を1個投げ入れ、もう1個の角砂糖を囓りなが
ら熱いチャイを楽しむ。
フェリーの上で寒さに震える私
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対岸のチャナッカレの街明かりが近づいてきた。一同、バスに戻り無事アジア側へ上陸する。チャナッカレ
の街は対岸のエジュアバトより遙かに大きな街だ。しかし、目指すホテルは街から約30分ほどの郊外にあった。道は急に細くなり
、街路灯も無い真っ暗な道を進む。海にほど近い、海岸から少し登った斜面にあるホテルだ。客室はフロントとは別棟でペンション
風の2階建ての建物だ。部屋はツインと言うにはかなり狭い。KA氏の奥様T子さんはこの旅ですぐに仲良しになったMさんの部屋
を覗きに行った。彼女の部屋にはメドウサの絵が掛かっていて気持ち悪いそうだ。結局T子さんはその夜、Mさんの部屋へお泊まり
に行ってしまった。日本の留守宅向けに、絵はがきをしたためたが、帰国とどちらが早いかなあ?翌日に備えて早く寝る。
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