|
トロイの遺跡
翌日は早速、トロイの遺跡観光に出かける。トロイまでは狭い道路を約3〜40分、まだ、朝早いので他のツール
の観光客は一組も来ていない。駐車場から有名なトロイの木馬のレプリカが見えた。料金所で入場料を払い、お情け程度
の展示物のある小さな建物に入る。トロイを発掘したシュリーマンの資料や、年代別にいくつかの遺跡が重なっている
事などの解説が出ていた。
|
|
|
一旦外へ出て木馬の写真を撮ったり、中に入ってみる。再現されている木馬は実際の物よりか
なり大きく作られているらしい。木馬の中から下を見おろすと実物大のシルエットが地面の芝生に再現されていた。その
後、寒風の中を遺跡へ向かう。遺跡はさほど規模の大きい物では無いが年代別に9つの遺跡が重なっている。場所によっては年代の遅い物の方が
古い物より下になっていたりしてどうしてそんなことがわかるのかなと不思議に思う。初めは丘の上に作られた小さな
城塞都市だったが、新しい都市が作られる度に城壁を広げて次第に大きくなったらしい。ここを発見したシュリーマンが財宝を求めてあちこち、てんでんばらばらに掘ってしまった為に後の考古学者が苦労
したようだ。彼は遺跡を発見はしたけれど、今で言う泥棒学者だったのかもしれない。
|
|
|
|
|
たっぷりと過去のロマンに浸った後
、今度はベルガマへ向かう。バスはどんどんイスタンブールから遠ざかり、いかにも田舎風な地帯を通る。所々にポプラの
木が群生している。この地方の人たちは娘が生まれると自分の地所にポプラをたくさん植える習慣があるそうだ。娘が嫁ぐ頃
、ポプラが大きく育って嫁入り道具を購入する費用になるとのことだった。日本にも桐の木を植える地方があったのを思い出す。
バスは相変わらず丘陵地帯をの緩い坂を登っては下り、登って下りを繰り返す。しかし、さしもの広大な大地も、やがて延々
と下る長い坂にさしかかった。その先には海が見えた。エーゲ海だ。沖の方の島はギリシャ領の島だという、地図を確かめると
たしかに沿岸沿いには島々がいくつもあった。遠くに見えるエーゲ海は昨日と同じようにとても穏やかに見えた。下りカーブの
途中に見晴らしの良い崖っぷちがあり、車を駐車できるスペースがあった。
|
|
ここで写真休憩となる。眼下にエーゲ海を見下ろす崖の上で思いっきり体を伸ばして深呼吸をする。ああ、いい気持ちだ。
道路の反対側の崖の下には小さな地元の土産物売りが数件並んでいた。売っている物はピスタチオナッツや香辛料のセット、
その他オリーブオイルの手作り石鹸。ランプのオイル、素朴な飾り物などいろいろな物が並んでいた。薦められるままにピスタチオを
試食してみる。日本で売っている物と違って全く塩気がなくて非常に旨い。でも、これ買ったら後を引いて病みつきになりそうで
まずいなあ。悪いけどやっぱり止めよう。代わりに一番素朴なオリーブオイルの石鹸を一袋買った。石鹸買っているのは誰もいな
かったなあ。こんな酔狂な物買うのは私ぐらいか?エーゲ海を見おろす高台の上で記念写真を撮る。
|
|
|
途中でお昼のため道路から少し入ったレストランにて休憩。レストランの庭
には猿がつないであった。ここのレストランはロカンタ(トルコ式レストラン)風に色々な料理が大きな盆に盛られていて自分で取ることが出来るようにになっていた(ようするにバイキングってことか)が、残念な事に、ここでも羊と思ったら牛肉。悔しいこと
にこれがまた旨い。ここではパスタをたっぷりと旨いほうれん草の料理を食べた。ヨーグルトもさっぱりして旨い。
トイレは
レストランの母屋じゃなくて100m程離れたところに別棟になっていた。用を足しに行ったら、ついさっきまで無人だったのに
いつのまにか管理人が来ていて5万TL..綺麗だったから、まあいいか。
|
|
|
|
ベルガマ
|
昼食の後、ベルガマへ向かう。バスは曲がりくねった狭い急な坂道を喘ぐようにして登る。駐車場からはアクロポリス神殿への
道をさらに歩いて登る。まさに石の文化だ。膨大な数の石材をこの山の上へ運ぶだけでも大変な仕事だったろう。山の斜面
を利用して作られた円形劇場がある。斜面の椅子に腰掛けて当時を忍ぶ。遙か眼下にはベルガマの町並みが見える、非常に広い、高い、
気持ちがいい。下の方にあるステージの所で誰かが声を出している。これが思ったよりもよく聞こえる、なるほど、これならマイクや
拡声器
の無かった当時でも十分に声が通ったろう。
|
アスクレピオン
アクロポリスの次にアスクレピオンという遺跡へ行ってみる。ここには病院の遺跡がある。精神病を病んだ患者達は地下の通路を通って温泉療法をしていたのだそうだ。 その地下の通路から地上に出る
階段には当時から絶えることなく流れ続ける小ささなせせらぎが作られていた。これは流れの作り出すさわやかな水の音で心の
やすらぎを得られるようにとの配慮から作られていたのだそうだ。もっとも、治療の見込みの無い患者は初めから入院(治療)を
断られたらしい。と、いうのは名声あるこの病院で治療の甲斐なく死んでしまうと病院の名誉に関わるからという理由だそうだ。
きめ細やかな配慮の割に冷たいところもあったんですね。
温泉への地下道
|
ここにも大規模な円形劇場があった。
|
|
|
|
|
この日は土産物というより宝石屋へ案内された。トルコといえばトルコ石というわけである。実際はトルコではもうあまり
トルコ石は採れないが、こういうツアーには付き物だ。店の主人という人が達者な日本語でいろいろ説明する。曰く、本物と
偽物の見分け方...この店で売っている物は全部本物だというアピールだ。

私はあまり興味ないので店内を見て回る。トルコ石
だけではなく私の好きなラピス・ラズリ等もある。貴石をそれぞれの国の形にしてモザイク状にして作られた見事な地球儀が
あった。これには興味を引かれたが、持って帰っても置く場所もないし、重くて嵩張るので見るだけ。メシャムのパイプも少し
置いてあったが売り子もあまり売る気が無さそうなのでこれも目の保養だけ。この日の宿はイズミール。イズミールはトルコ
第三の大都市、さすがに賑わっている。ホテルも街中の高層ホテル。ここへ来るまでに建設中の建物をたくさん見たが、トルコ
の建物って柱が異様に細い。おまけに壁はほとんど煉瓦かブロックを積んである。大きな地震が来たらひとたまりも無いだろうな。しかも、外側の足場らしき物を全く見かけない。いったいどうやって外壁を仕上げるのだろうか?不思議だ。おまけに、
梁も細いか、全く梁らしき物のない建物さえ有る。つまり、コンクリートの細い柱を何本も立てて薄い床板兼天井板のコンクリ
ート板を交互に積み重ねたような物だ。 ベランダの部分は下の階層から支えの仮柱を斜めに突き出すようにして支えて作る。
見るからに頼りなく、地震が来ないことを願わざるを得ない。
部屋は4F..と言ってもロビーとレストランの階は別の勘定なので6階だ。建物のいちばん端の部屋でツインよりやや
広い部屋のようだ。エキストラベッドが、やけにでかくて今までのベッドで、もっとも寝心地がよさそうだった。KA氏は
「あっ、今日は俺がエキストラの番だっけ?」と嬉しそう...なにしろ彼は身長が180センチもある。しかし、今度は奥さん
のT子さんが「あ〜っ、今日は私がここに寝る〜」と譲らない。実は彼女も身長170センチを軽く越える、日本人には珍しい
くらいの女傑だったのだ。結局、その晩は二人で仲良くそのベッドで寝てしまった。羨ましいくらい仲の良い二人ではあった。
夕食は相変わらず鶏肉がメインディッシュのコース料理。ピアノの生演奏があり、なかなか雰囲気がよい。このピアニスト、
しばらくいろいろな曲をメロディで弾いているうちにバッハの”目覚めよと呼ばわる声が聞こえる”を弾きだしたので、思わず
”いいぞいいぞ”の合図をしたら、にっこり笑っていた。
|