6. 1月21日 カッパドキア

 感動のカッパドキア

 トルコ旅行もいよいよ今日と、明日のイスタンブールフリータイムを残すばかりになってしまった。 カッパドキア地方にはいくつかの村があり、それぞれに奇怪な地形と穴居住宅などで有名だ。まずは小高い丘 の上の観光スポットで、しばし、奇怪な光景を眺める。”ああ、とうとう、やってきたんだなあ”と感慨を覚 えながらそれぞれ写真などを撮る。

 

 朝も早く、まだ寒いのに熱心な地元のみやげ物売りが声をかけてくる。 1月ということで非常に寒いのではないかと想定していたが、意外にもさほど厳しくない。ガイドの話によると 今月は例年よりも暖かいとのことでラッキー。ギョレメ村の野外博物館では実際に20年程前まで人が住んでいた という穴居住宅に入ったり、当時の教会を見学した。もちろん教会も溶岩台地をくり貫いて作られた物で内部には 11〜12世紀のフレスコ画が残っている。


 カイマクルの地下都市 

カイマクルでは、地下8階にまで達する巨大な地下都市にも入った。 ここは、かつて迫害を逃れてここまでやってきたキリスト教徒が、外敵が襲来したときに隠れて住んでいた場所 だそうで、ワインの醸造所まである立派な都市だ。なんと大小、数百もの小部屋が複雑に入り組んだ通路で結ばれて 、1万人もの人が住んでいたそうだ...とはガイドの話。ガイドブックによると3000人ほどらしい。しかし、カッパドキア地方にはこんな地下都市が300ヶ所もあるそうだ。岩盤が溶岩なので内部で煮炊きの火を燃しても煙 が岩盤に吸収されてさほど煙が充満することが無いのだという。写真でお馴染みの頭部の帽子をかぶったような三角の 岩山が林立するゼルベ村、どの村へ行ってもそれぞれ趣の違う奇岩群に感動...やはり長距離を走ってくる甲斐がある。

 写真では少々わかりにくいが右手を着いている所は直径1メートル、厚みが30センチ位の石の円盤。外敵の侵入を防ぐための扉になっている。写真の左側から通路の方へ転がす...まるでインディ・ジョーンズみたい

 

 帽子をかぶったような岩は、そもそもこの地にある3つの火山から流れ出た溶岩の硬さの違いに起因するのだそうだ。 柔らかい溶岩の上に硬い溶岩の層が覆い被さり、後日風化によって削られ柔らかい下の溶岩の方が余計に浸食されて あんな形になったと言うわけ。いづれにしてもトルコへ行くなら絶対に見るべき......飛行機ならイスタンブールから 1時間半でカイセリの町まで来られる、バスの嫌な方は飛行機で行った方がいいかもしれません。昼食は溶岩をくり貫いて 作られた地下のレストラン。地元産の赤ワインがおいしい、自家用に1本購入してきた。


 トルコ絨毯

 この日は、2〜3軒のみやげ物屋にも連れて行かれた。有名なトルコ絨毯の店だ。初めに糸の作り方から説明され、 染色の技法やら織りの技法やらと、如何に手間のかかる大変な技術かということをたたき込まれる。織っている所(観光用の) では、ほんの10代の女の子が一心に仕事をしている所を見せられる。うまい作戦だ。曰く「シルクの絨毯は指の細い少女時代 にしか作れません、だから一生の間に数枚しか出来ないのです」これだけの行程を見せられてから「これは**ドルです、 とか日本円では**円です。とても日本ではこんな価格では作れないでしょう」とやられると、ついつい財布の紐もゆるむ というものだ。玄関マット程度の大きさのウールの物で8ヶ月、シルクでは数年かかるそうだ。確かに日本でこれほどの手間をかけたら膨大 な金額になるだろうな。持ち合わせが無くてもクレジットカード、挙げ句の果ては着払いで買える。相手も商売、さすがに至れり 尽くせりで行き届いている。しかも、日本の一流商事会社が輸入の窓口になっていて間違いなく自宅まで届きますと契約書までご披露して強調。 さすがだ!思わずにが笑いが出てしまう。何はともあれ、何人かが購入したようだ。 私は初めから買う気がなかったが、行きがかり上、一緒にさまざまな絨毯を見せてもらった。緻密な紋様が実に見事だ。 ウールの玄関マットサイズで5万から25万円程度、シルクはハンカチよりやや大きい程度でも30万円以上する。ははは、 こりゃお呼びでないわい。ワインとチャイの無料サービスがあり、何も買わないのにすっかりいい気分。


  陶器工場&サードニックスの店

 アヴァノスの町では、 素焼きの陶器を製造している工房を見学した。この町に流れるクズルルマック川の泥土は鉄分が多く含まれ、赤い色をしている。

 この土を利用した陶器はこの町の特産品となっている。地元の名人による実演では足で回す轆轤の上で見る見るうちに見事な急須 が作られる。さすがに慣れたものだ。ここの工房も溶岩をくり貫いて作られた部屋がいくつか続いていて各部屋にはそれぞれ、 非常に美しい文様の描かれた絵皿やカップが展示されている。私は素焼きのアンフォラ(古代から使われているワインの壷) が欲しかったのだが希望するような物が無く断念した。

  時間的に余裕があるのか、今度はサードニックスの調度品の店に 連れて行かれた。(写真なし)メシャムのパイプがあるというので非常に期待して行った。ここは、さすがにいい物もあるがそういうのは かなり高い。安価な物は細工に少々難点あり。私が欲しかったような形の物はやはり無かった。それに買っていっても私は タバコは吸わないので無用の長物になりそうだし、お土産用には値が張るのでここも見るだけにしてしまった。冷やかすだけで ごめんね>売り子のハンサムなお兄さん...早々に切り上げてバスに戻ってみたら大部分の人が既に待機していた。 しかし、例によって”ミス買い物”さんがまだ戻っていない。なかなかバスが出ないので一行が少しいらだち始める。 「観光の時はさっさと出発するくせに買い物はなぜゆっくりなんだ...ブツブツ」なんて言い出し始める人までいた。


 何はともあれ、カッパドキアにも別れを告げるときがやってきた。これから首都アンカラへ向かう。途中でヒッタイト 時代の住居跡を見た。ごつごつした岩だらけの山の中腹に穴を掘って住んでいたのだ。

 ヒッタイト時代というと紀元前5000年! 本当にすごいなあ。バスは来るときにはるばる登ってきた坂道を延々と下る。前々日に休憩したドライブインの所を右折、 あとはアンカラまでまっすぐだ。辺りはもう暗い、ろくに照明のない道路をやはり登ったり下ったりしながら進む。運転手は 朝からず〜っと運転している、大丈夫なのかなあ...なんて思っている矢先に後輪が滑ったようにバスが大きくふらつく。 KOさんが「やややや!、道路が凍結しているのかな?」なんて叫ぶ。でも、特に道路が凍結しているような気配は無い。 運転手がちょっと居眠りでもしたのだろうか?アンカラまでは4時間程かかる、明るいうちだったら途中でトルコ最大の 塩湖トゥズ湖が見られるはずだったが、もう真っ暗で諦めるしかない。せっかく水を汲んでいこうと思って、空のペット ボトルを捨てないで持ってきたのに立ち寄ることが出来なかった。前方に明かりが見える。どうやら警察の検問らしい。 かなりスピードを出していたからスピード違反だろうか?運転手が窓から何やら聞かれている。横の方から何やら紙を 取り出して警察官に渡した。タコグラフの記録用紙だそうだ。運転手は警察官に連行されてパトカーへ連れて行かれてしまった。 おいおい、アンカラから深夜特急に乗ることになっているのに間に合うの?ガイドの話によると、スピード違反ではなく、 長時間の連続運転で違反になったらしい。トルコには8時間を越えて運転してはいけないという規定があり、免許証を タコグラフに挿入しないと車が動かないそうだ。やがて、運転手は、しけた顔をして戻ってきた。罰金を取られたようだ。 バスが再びアンカラへ向かって走り出したとき、一番前に座っていたSさんが突然立ち上がった。「皆さん、彼は罰金を 取られたらしい。多分、彼は我々にすればたいした給料をもらっていないと思う。だから罰金の分を我々でカンパして あげようじゃないか?」これにはみんな驚いた。Sさんご夫婦は割と物静かでお二人だけで旅行を楽しんでいるような 近寄りがたい雰囲気があったのに、いざとなると率先してこんな粋なことが出来る方だったとは...一同、一も二もなく賛成。 各自100万TLずつ拠出して運転手にプレゼントした。罰金は1600万TLだったそうだ。


 この日の夕食はアンカラへ向かう街道筋のレストランだった。このレストランでは各自なんでも好きな物を食べていい とのことだった。カウンターには色々な料理の入ったステンレスの容器がたくさん並んでいる。なんと、ここで初めて羊肉の 料理があるではないか!当然、羊を頼む。カウンターの向こう側にいる男性が威勢良く皿に料理を取り分けてくれる。いやはや、 この時の羊肉の旨いこと旨いこと。ようやくありつけた羊は、想像していたものと全く違う。柔らかくて羊らしいクセは全くない。 どうして日本で食べる羊はこんな風に料理できないのかと不思議なくらいだ。スープには油が浮いているが全然脂っこい感じはなく むしろさっぱりしている。KAご夫妻もようやくありつけた羊に感激。おかわりまでもらってきて食べる始末。 ああ、もう一度あの肉を食べにトルコへ行きたい。


 アンカラ〜イスタンブール 深夜特急

 アンカラ駅へは列車の発車予定時刻約30分前、午後10時頃到着した。 私はあらかじめ列車の中で必要と思われる物は手荷物にして持ってきたので、スーツケースはそのままバスに預けておくことにした。 出発までのしばしの間、人々の様子を観察したりおしゃべりしたりと、思い思いに過ごした。日本の駅のように改札口はないので各自、 指示された車輌の客室へ行く。客室は2人部屋だが、私は一人。こじんまりしているがなかなか綺麗で清潔だ。暖房が思いの外良く 効いている。私は乾燥するのが嫌いなので弱めにセットし直す。ベッドは上下2段になっている、普段は壁に畳み込むようになって いる。取りあえず下の段を引き出してみた。幅はぎりぎりだが寝心地は悪くない。部屋にはちゃんと鏡やら洗面台もついている、 寝台車は初めてなので妙に楽しい。冷蔵庫にはミネラルウオーター、ジュース、牛乳が入っていた。これも料金に含まれているらしい。 ありがたく牛乳を飲んで休むことにした。列車の走行中に何度か目を覚ましたが、旅の疲れもあって結構眠れた。翌朝の朝食は車内の レストラン。準備をしていたら隣の部屋の方がやってきて朝食に誘ってくれた。いそいそと食堂車へ行く。

 朝食を終え客室へ戻ってみるとベッドは綺麗に片づけられていた。と、その時ノックする者がいる、誰かと思って開けてみたら車掌 だった。何用かとぽかんとしていたら「ワンダラー」????枕元に置いておいた1ドル札がそのままテーブルの上に戻されている。 車掌はにこっと笑ってテーブルの上の1ドル札をつまみ上げた。そうか、わざわざチップかどうかということを確認に来たのか... 冷蔵庫に残しておいたジュースをバッグに入れておこうと思ったら、無くなっていた。食事の間に片づけられてしまったらしい。 水は手を付けていたのでセーフ。そうこうしているうちにもう8時、さていまの内にトイレにでも行っておこうかと思う間もなく 列車の速度が落ち、どこかの駅へ着いた。なんと、終点のイスタンブールの駅だった。


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目次

1

イスタンブール

2

チャナッカレ

3

 トロイ 

4

エフェソス

5

パムッカレ

6

カッパドキア

7

イスタンブール

8

帰国・番外編