7. 1月22日イスタンブール自由行動

 *この日はあまり写真を撮る暇がありませんでした...

 

 今日はトルコ滞在の最終日となってしまった。列車は予定よりも30分以上早くイスタンブールへ到着した。 皆、余りに早い到着に戸惑うように荷物を抱えて列車を降りてきた。改札口を通る必要が無いのでそのままホームから駅の外へ出る。 何か不自然な違和感を覚えるがこちらではこれが当たり前なんだ。 駅に程近い駐車場には見慣れたバスが待機していた。 運転手はバスの中で仮眠中、多分あれから徹夜に近い状態でここまで走ってきたのだろう。列車が時間通りなら、 あと30分は寝ることが出来たのに起こすのが可哀想だ。今日は終日自由行動でツアーの予定は夜のショーしかない。 千葉から来ていた山好きのKO夫妻が、ここで別行動に移ると言ってバスを降りていった。ご年輩の方々は、ほとんど金 100ドル也のオプショナルツアーに行くようだ。私達は一旦ホテルへ行くことにした。アジア側からヨーロッパ側へ向かう、 アジア、ヨーロッパを結ぶ橋は黒海とマルマラ海を結ぶボスフォラス海峡の上にかけられたボスフォラス大橋だ。 かけられた当時は徒歩でも渡ることが出来たそうだが、海面まで70m以上もあり自殺者が多発したために今は自動車専用となってしまった。 橋を渡って新市街、さらにアタチュルク橋で金角湾を越え、なつかしい旧市街へと進む。

 ホテルへは荷物だけ預けるつもりでいたが、今日は部屋が空いているらしくチェックイン出来るという。 ひとまず不要な物をケースに移し変え、早速KAご夫妻、Mさんと4人で連れだって街へ繰り出すことにした。 まずは、全員一致でエジプトバザールへ向かう。イスタンブール大学前のベヤズットジャミイ(モスク)迄出る、KA氏はブルーモスクの方へ向かってずんずん歩いて行こうとする 。私が「お〜い、せっかくここから電車出ているし、時間がもったいないから電車で行こうよ」と声をかける。そこで、 ベヤズット駅から路面電車に乗ることにした。エジプトバザールまでは終点の駅まで行けばいいから簡単だ。料金も一律だ。 ベヤズットの隣の駅で今夜行く予定のハマムの入り口が見えた。電車はスルターナメットジャミイ(ブルーモスク)前を通り、 程なく終点のイェニジャミイ前の駅に着いた。


 エジプトバザール

 エジプトバザールは、元々イェニジャミィの付属として作られた物だ。付近の広場には既にたくさんの店が出ていた。 万一、はぐれてしまったときの用心のために11時にモスクの前に集合することにしてバザールの探索に出かける。面白い! 実にいろんな物を売っている。しかし、グランドバザールとは違い、食器や香辛料、菓子、ナッツ、蜂蜜、 その他日常生活に必要なありとあらゆる物を売っている。店の前を通りかかると声をかけられる。お菓子の試食を薦められたりしてなかなか楽しい。 蜂蜜まで試食させてもらった。バザールの外れの方でチャイグラスやチャイ用の薬缶等を売っている金物屋を見つけた。 価格は今までの中で最も安い、早速チャイグラス用のお皿やスプーンなどを購入する。 銀行があった、さすがにイスタンブールへ到着した初日に 100ドルしか両替していなかったのでTLの手持ちが心許ない。50ドル程両替する、これで今日のお昼も間に合うだろう。銀行の両替所は2Fだった。 両替を終えて外へ出てみるとKA氏が居ない、しかたが無いのでぶらぶらとあちこち見て回る。そろそろ約束の時間になるのでモスクの前に戻ることにした。 途中の露店で、ガラスのいかにもチープなチャイグラス用の皿を安く入手することが出来た。時間にやや遅れてしまったがKA氏と合流、 再びバザールの雑踏の中に身をゆだねる。KA氏に途中で買ったというゴマのパンを少し分けてもらう。香ばしくて実に旨い。

 


 バザールのロカンタで昼食

 彼がバザールでロカンタを見つけたと報告する。「じゃあ、昼食はそこにしようか?」と私。店の前まで行ってみる。 うむ、いかにも話に聞くロカンタだ。旨そうな料理が大きなステンレスの箱にたくさん並んでいる。やや時間も早かったのでもう少し辺りを見物してから 思い切ってその店に入った。4人でそれぞれ1〜2皿づつ別な料理を取ってみることにした。私はいかにも旨そうなトマトソースの羊肉、 KA氏はやはり羊だが黄色いスープにたっぷり油が浮いている料理、その他豆や野菜のスープ等を取る。羊は関節の部分を骨ごと調理してあり、 非常に柔らかく味もいい。日本で食べる羊のようなくせは全くない、どうして日本ではこんな風に調理できないのかなあ?と再び羊肉談義。 黄色っぽい油の浮いたスープも、油ぎたぎたのくせにさっぱりしていて全く抵抗無く食べられる。旨い旨いとおかわりまでして4人で皿を回しながら食べた。 こういう市中のロカンタでは、パンはテーブルの上に出ていて食べ放題だ。昼時とあって地元の人達もたくさん入ってきた。 それとなく見てみると彼らはほとんど、1品だけ料理を取ってテーブルの上のパンを食べているようだ。我々みたいに何皿も取っている人はいない。 KA氏は「もう少しいこうか?」と話すが、まだ時間も早いことだし、少し(お腹に)余裕を空けておいて別な店で他の料理を食べるのもいいだろうということで チャイを飲んで店を出る。

 エジプトバザールの前のイェニジャミィは内部に綺麗な装飾のタイルが素晴らしいとガイドブックにあるので、行ってみた。 しかし、まだ祈祷の時間ということでモスクの内部には入れない。しばらく待ってみたが、1時10分にならなければ入れないらしい。 時間がもったいないので開いていた入り口からちょっと覗くだけにして、新市街の方へ行ってみることにした。


 フェリーで新市街へ

 ガラタ橋の所までやってくるとなにやら様子がおかしい。なんと!ガラタ橋は修理の為通行止めとなっていた。 ガラタ橋の周辺でもいろんな露店が出ている。大勢の人が行き交って非常に活気がある。切符売り場で新市街へ行くフェリーの切符を購入して船上の客となった。 出発時間が近づくとあれよあれよと言う間に船はいっぱいになってしまった。本来は橋をくぐった対岸のカラキョイまで行くのだが橋の下が通れないので 正面の対岸まで行く。ほんの数分だ、対岸では何もない堤防の上へ直接飛び降りる。当然だが、桟橋も何もなくいきなり道路。まずは、近くにあるガラタ塔をめざす。 交通量の多い、太い通りからいきなり階段の続く狭い通りに入る。


 ガラタ塔

 多分、この道だろうと検討をつけて進む。上から降りてくる地元の人に確認する、やはりこの道らしい。歩いている人はあまりいない、 結構急な坂道だ。突然目の前に石積みの円柱状の物体が見えた。これがガラタ塔だ。500年程前には物見の塔として使われていたそうだ。 現在はなんとエレベーターが設置されていて8〜9階にはレストランがある。入場料を払って上へ登る。9階の展望台からの眺めは実に素晴らしい

 心なしか、塔が風でゆらゆら揺れているような錯覚にとらわれる。軍事博物館で行われるトルコ軍楽隊の演奏開始時間まではまだ余裕がありそうなので、 レストランでチャイ。じゃあ、これから軍事博物館へ行こうかという帰り際に同じツアーで来ているNちゃんとSちゃんが外の展望台にやってきた。 外へ出て情報交換、一緒に軍事博物館へ行くことになった。塔の上から目星をつけておいた狭い道をさらに登っていく。ようやく路面電車の駅へ着いた。


 新市街の路面電車

 この駅は世界最初の地下鉄の発着駅にもなっている。ちなみにこの地下鉄は世界で一番短い地下鉄なのだそうだ。 ガイドの話では切符は電車に乗ってからも買えるとのことだったので、電車が入ってくるのを待つ。やがて小さな路面電車がやってきた。 10mほど先の方で乗客を降ろす、そのまま一旦駅を通り過ぎてから戻ってきた。さっそく乗り込もうとすると切符を要求される?えっつ、出札口はどこどこ? なんと、地下鉄駅の中で電車の切符も売っていたのだった。考えてみれば当たり前...慌てて出札口へ向かい切符を買う。 先に切符を入手した者が電車の乗り口でゆっくり歩いて発車しないように時間稼ぎ...どうにか、こうにか全員が無事乗り込めた。 狭い車内は満員状態、少々大きなバッグを持っている私はちょっと肩身が狭い。電車はごとごと動き出す。路面電車だけあってスピードは遅い。 人混みをかき分けるようにゆっくりゆっくり進む。ああ、このままでは3時の開演に間に合いそうも無いなあ。終点の駅についたのは開演の10分前。 地図でおおざっぱに方向を確かめるとKAさんや若い二人は走り出す。おいおい、なんでイスタンブールまで来てそんなに走らなきゃならないの? 博物館までは1、5キロもあるんだよ!おまけに私のバッグにはMさんのチャイグラスが一箱入っている、結構重いんだよね〜これが。 みんなが行ってしまうので、仕方なく私も後を追いかけるように走り出す。どこかで読んだような記憶があるなあ... 外国の有名観光地で走り回る日本人の事を...自分がそういうはめになるとは夢にも思っていなかった。


 軍事博物館

 何はともあれなんとか軍事博物館へたどり着く。セキュリティが非常に厳しい。入り口でカバンはX線検査、体も金属探知器 のゲートをくぐる。いそいそとチケットを購入して奥へ行こうとしたらカバンはすべて受付で取り上げられた。軍楽隊の演奏は建物 のかなり奥の方にあるホールらしい。KAさん達はまたまた走る走る。

私はここまで来て慌てても仕方ないのでやや急ぎ足でホールへ向かった。 もう演奏は始まっていた。古式ゆかしき衣装を着た楽隊はオスマントルコの往事の栄華を象徴するかのように見事な演奏を披露してくれた。 走ってきた甲斐は十分にあった。朝、駅で別れたKO夫妻やオプショナルツアーに参加の面々も来ていた。 KA夫妻は2度目の演奏を聞くとの事なので私は博物館の展示物を見学することにした。 思ったよりもはるかに大きな博物館で写真でしか 見たことのない様な拳銃やらサーベル、果ては銃身が何本もあるガトリングタイプの機関銃が廊下にさりげなく展示してある。 その数の膨大なことすさまじい。この博物館だけでも半日や1日潰れてしまいそうなくらい見応えがある。時間の無いのが実に残念だ。 博物館の出口のところで皆と待ち合わせた。野外にもたくさんの展示物があるらしいがもういくらも時間がない。名残惜しいながらも、 巨大な野戦砲と50年代に最後の有人戦闘機と呼ばれたF104の前で記念写真を撮る。

左 人類最後の有人戦闘機 F104

 


 帰りは6人連れということで乗合タクシー (8人乗り)を借り切って帰ろうと思ったが断られてしまった。やむを得ず3人づつ別々に普通のタクシーでホテルへ帰った。 タクシーの運転手は噂通り、かなり乱暴な運転でちょっと冷や冷や。料金は180万TL少々、チップも含めて200万TL程渡す。 ホテル到着後、準備をしていよいよハマムだ。そわそわ、わくわく....


 トルコのハマム初体験

 そもそも、トルコへ行くことが決まったときに同行のKAご夫妻に”大和田さんはハマムに行きますか?”と 尋ねられた。もちろんそのつもりでいた私は、すかさず”トルコに行ってハマムへ行かなければ楽しみが半減しそう... だから行くつもり..”と答えた。ツアーで知り合ったMKちゃんやMTちゃん、Mさんも行ってみたいという... 彼らも大喜びでその日の来るのを待っていました。イスタンブールの最終日、我々、男2人女4人の一行は私がかねてから ガイドブックで目を付けていた、ホテルからほど近いシャンベルリタンハマムへ赴いた。インフレの激しいトルコでは ガイドブックの金額は当てにならない。しかし、大金を持っていって、ぼられたり盗まれたりしては元も子もない。 幾らくらいあればいいのか?とりあえず現地の金で残っていた700万TLと万一の予備にドルを20ドルほど持って行った。 道は帰宅を急ぐ現地の人達で混雑している。歩くこと約10分程でめざすハマムへ到着した。ハマムの入り口を恐る恐るくぐる。 入り口にはちゃんと料金表が提示してあった。大人料金が垢擦りとマッサージ込みで500万TL...うむ、思いの外安い.... 日本円で1500円程度だ。一行、それぞれに料金を払って中へ入ろうとする。KA氏と私が中へ入る。続いて女性陣が入ろう とすると。ノンノンノンと制止される。そうか、女風呂は横の細い通路から隣へ行くみたい、当たり前だな。二人で休憩室 みたいなところへ入って行く。休憩室は吹き抜けになっていて三階建てだ。 が、初めての事ゆえ勝手が分からず、 うろうろしていると、そこにいたオッサンが二階へ行けという。言われるままに二階へ行くと吹き抜けになった休憩室の周り を囲むように通路があって、そこに個室が並んでいた。個室は木製のドアにガラスの窓がはめ込まれていて中が少し見える。 二階にいた係りがそれぞれ個室に案内してくれた。個室の中には簡易ベッドと薄い腰巻きが置いてあった。とりあえず靴と服 を脱いで、裸になりその腰巻きを付ける。個室に鍵をかけいよいよ風呂場へ行く。階段をおり、休憩室の奥のドアを開ける。 そこはまだ風呂場ではなくトイレと水道の蛇口があった。広さは休憩室よりずっと狭い。ここは体を拭く場所のようだ。きょろ きょろしていたら男が来てさらに奥のドアを開けてそちらへいけという。ドアの奥が本当の浴場だった。

 中央に直径7〜8m、 高さが1m位の大理石の台があって3人ほどの男が寝そべっている。我々もその上に乗って横になる。サウナみたいなものだ。 日本にある湿式サウナに近いが湯気がもうもうということもない。乾式サウナのような暑さもない。裸で居てちょうどよい加減 の温度だ。石の上に寝ていてもさほど熱くはない。むしろ、下の大理石がほのかに暖かくて非常に気持ちが良い天井は高くて ドームなっており、たくさんの穴が空いている。大理石の台を取り囲むように幅数mの回廊があってさらにその外側に12本 の大理石の柱が立っている。壁には水道の蛇口と3つの部屋がしつらえてあった。部屋の中はやはり水道がいくつかついている 腹這いになったり仰向けになったりしながら待っていると次第に汗がじわじわと吹き出してきた。いったい、これからどうなる のかと不安な気持ちでいると汗が目に入って痛くなってきた。

 

 力任せのマッサージ...垢擦りは実に気持ちいい

 20分ほど経過した頃か...プロレスラーみたいな筋骨隆々の男が 腰巻き1枚でこちらへ向かってやってきた。”ジャポネ、ジャポネ!”と呼んでいる。私は彼に呼ばれるままに、大理石の台の 反対側の空いている所に連れて行かれた。さあ、いよいよ始まるぞ...彼は私を台の端に仰向けに寝かせると、持参のたらいの中 の布袋に空気を入れて大きく膨らませる。口の所をつかんで布の織り目から空気を押し出すようにして泡立て、私の体にまんべん なくかけ始めた。次に両手にはめた手袋状になった柔らかいたわしで体をこすり始める

 体をひっくり返しながら全身をくまなく こすってくれた。両腕をこするときは台に座った状態でやってくれたのでたわしの下から垢がすり出されてくるのがよく見えた。 ひととおり垢擦りが終わると、たらいにややぬるい湯を汲んできて頭からぶっかける。髪はシャンプーなど使わず、普通の石鹸で そのままごしごし...次はいよいよマッサージが始まる。手加減なしで背中と言わず胸と言わず、全身をくまなくぐりぐりやられ 思わず”うぅぅぅ.”とうめき声が出そう。”ヤワシ、ヤワシ”とトルコ語で手加減してくれるように話す。彼は自分の名前をイ ビキと名乗り、チップをくれと要求する..ハマムのチップの事はガイドブックにも出ていたので”タマム、タマム”とOKの答え をした。彼は満足げにやっと私を解放してくれた。

 水道のところで上がり湯をかぶって外へ行く。控え室にはなにやら大小のタオル が置いてあった。手近にあったタオルで体を拭いていたら、別の男がやってきてトルコ語でなんとかかんとか言うのだが、全然わか らないのでそのまま聞き流していたら、いきなりタオルを取り上げられた。そして小さなタオルを頭に巻き付け、次に薄いのを腰 に巻き、大きなタオルを体にかけてくれた。な〜るほど納得...そこで、一通り体を拭いて休憩室に出た。すると、また2階へ行け という...そうか、これで着替えて終わりか。個室に戻り、ゆっくりくつろぎながら服を着る。個室を出ると階段の下り口の所にいた 男が手を出せという。手を出したら、すかさずコロンの様な物を手にかけてくれた。訳が分からずにいたら顔につける物らしい。 ここでもチップを要求された。かごには10万TLの札がたくさん入っていた。金額はたいしたことない。階段の下には何人かの三助 が待っていた。こちらの顔をみてニヤニヤしている。あれっ?私の体を洗ってくれたのは、どの男だったっけ?顔も体つきもにている のでよくわからない。”イビキ?”と指さしながら確認して1ドル出したら喜んで持っていった。トルコでのチップはドルの方がいい みたい。 一緒に行った女性陣はまだ出てきていない様子。...待合室でチャイを飲みながら彼女達が出てくるのを待った。どうやら 女風呂はかなり混んでいたらしい。女三助達はチップを受取に来る暇も無いくらいに忙しいみたいだった。ホテルへの帰り道は夜風が 涼しくて最高にいい気持ち...とてもいい体験だった。途中でMTさんが水を買いに行くというので、私もみんなと別れて、ボ ディガードついでにトルコの酒”ラク”を買ってホテルへ戻った。後からガイドに聞いたら、その辺りの一人歩きはかなり危ない所だったらしい。


 ベリーダンスショー

 ホテルへ戻るといよいよ今ツアーの最後のイベント”ベリーダンス”のディナーショーだ。全員が揃ったところでバスで新市街 へ向かう。新市街の町並みも、もう見慣れた物だ。 ベリーダンスのショーを見せてくれる所は市内に2カ所しかないという。一カ所 は昼間行ったガラタ塔だ。我々が向かうのはもう一軒の方らしい。やがて、バスはタクシム広場をやや過ぎた所にある一軒のホテルへ 到着した。一同、バスをおりレストランへ入る、なるほどかなり広い。二階にも観客席があるようだ。下の階だけでも300人以上は 入れそうだ。最後の晩なのでワインをオーダーする。この旅で、すっかり気に入ったマルマラ島のドルジャというワインだ。

 食事が始 まると間もなくショーが開演した。薄い衣を纏った美女が音楽に合わせて官能的に腰を振りながら踊る。KAさんがなにやら小銭 (と言っても紙幣)を用意している、踊り子へのチップだ。もう明日はTLは不要なので私も細かい紙幣を何枚か束ねて踊り子の胸の間に挟むふくよかな手触りのよい胸だった.....疲れとワインの酔いも手伝って眠くなってくるがショーは次から次へといろんなグループが様々 なダンスや曲芸を披露してくれる。

 食事も済んだし、早くホテルへ帰って眠りたいなあと思う頃、男性3人のグループが出てきた。 いや、そのダンスの見事なこと。これはトルコの踊りと言うよりロシアのものみたいだなと思っていたら、やはり彼らは有名な コサックダンスの芸人だった。地上すれすれまで腰を落として脚を交互に前方へ蹴り出す有名なダンスだ。その足さばきの見事なことと 言ったらまさに”素晴らしい”の一言に尽きる。三人が三様に違ったバリエーションのダンスを披露してくれた。今日のショーの中では 一番の見応えだった。写真が無いのが実に残念!私感だがベリーダンスそのものは、話の種に一度見ればたくさんだ。午後10時半頃、ショーはまだ続きそうだが ホテルへ帰ることになった。長かったように思ったトルコ旅行も終わってみればあっという間だった。帰国に備え、荷物を整理 スーツケースの蓋を閉める。もう防寒コートも要らないのでケースにパッキン代わりに詰め込んでしまう。明日起きたら、またあの難行 苦行が待っていると思うと、ちょっと憂鬱。まだ、帰りたくない。


 

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目次

1

イスタンブール

2

チャナッカレ

3

 トロイ 

4

エフェソス

5

パムッカレ

6

カッパドキア

7

イスタンブール

8

帰国・番外編